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第2話 聖女と呼ばれた皇女
私、イレーネ・フォン・ビンデバルトは、ベルメン帝国の第1皇女だ。
私は、今思えば非常に感受性が強く敏感な気質もった人間だと思う。
場や人の空気がとても気になるし、相手の感情や周りの雰囲気にも敏感で、同調することも度々だった。
また、その繊細さ故に、対人関係において余り相手を責めることが好きではなく、他人に対して常に良心的で優しくあれと思っていたし、それが皇室の人間としての美徳だとも思っていた。
そんな私は、教会が行う貧窮者や病人への奉仕活動へも自ら積極的に参加し、皇室の人間でありながら、手ずから病人の世話などをしていた。
子供が大好きだったので、孤児院への慰問も度々行って子供たちとも直接接していた。
そうこうしているうちに、周りの人々は私のことを「聖女」と呼び、尊敬し始めた。
私としては、そうでもしないと気が済まないからやっていただけなのだが、世間の常識的には立派な行動だと思われたらしい。
だが、私は空気を敏感に察し、聖女らしく振る舞わねばならないプレッシャーをしだいに感じるようになっていった。
ある夜会の時。事件が起こった。
その夜会は親しくしている侯爵家の末娘の社交界デビューの席であったのだが、私の長兄のバルドゥルに対して彼女が失言をして、激怒させてしまったのだ。
バルドゥルは武芸一辺倒で学問を顧みず、がさつな性格で、大声でデリカシーのない発言を繰り返す彼を私は苦手としていた。
結局、その場は皇帝陛下が仲裁に入り収まったが、私は彼女に深く同情し、心が張り裂けんばかりだった。
彼女が夜会を初体験だということにもっと配慮し、私が上手く立ち回っていれば、このような事件は防げたのではないかと自分を責めた。そして明日は我が身ではないかと恐れもした。
この日を境に、夜会がある毎に些細なトラブルに心を痛めるようになっていき、それは徐々に過剰となっていった。
そのうちに夜眠れない日々が続き、めまい、頭痛、酷い肩こりなどに悩まされるようになっていった。
そしてある夜会の日。
高位貴族たちを前にスピーチをすることになり、壇上に上がったところで酷い息苦しさを感じ、めまいを起こして倒れてしまった。
急ぎ宮廷医師の診断を受けたが、「一時的な貧血ですね。疲れがたまっていたのでしょう」ということになり、2日ほど休養をとることになった。
しかし、それは2度、3度と続いた。
私は酷く体がだるく、疲れやすくなっており、また、著しい気力の低下を感じていた。
再度宮廷医師の診断を受けると「気鬱の病ですね」と言われ、薬を処方されたが、薬の効果はいっこうになかった。
「気鬱の病」というのは、貴族たちが意に沿わない夜会の招待などを体よく断るための口実としてよく使われていた。
このため、私は「気鬱の病」を口実に公務をサボっている気がして、自分を責めずにはいられなかった。
家族も私のことを気遣って、一切の公務を回してこないようになった。
だが、やることがないというのも、その分のしわ寄せが家族にいっていると思うと、私にとっては大きな心理的負担になった。
公務がないのであれば、好きな奉仕活動でもして気分転換をすればと頭ではわかっているのだが、結局そのような意欲もわかず、私は部屋に引きこもり状態となった。
そして自分を責め、人生を苦痛と感じ、ついには自分が無価値な人間だと思うようになっていった。
そして…
──いっそ死んでしまえば、苦痛からも解放されるし、家族がこんな無価値な私に煩わされることもなくなる…
そしてあの夜。
夜中に一睡もできなかった私は、皇族だけが知る秘密の通路を通って皇城を抜け出していた。
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