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田舎を生かした小さな森の中の野外音楽堂。使われていない時はただのベンチの集合体。
買ってきたお茶も無くなる頃、篠崎は言った。
「おれは、男が好きなんだよ」
共学の学校で彼女の一つも作れない俺たち。卒業するまでこのままかもな、なんて話をしていた。何度もそういう話をしてきた。バカな高校生なんてそんなことくらいしか話題が無くて、脳みその中は色のついた光景が広がっていた。それに合わせるのがしんどくなってしまったのだろう。
篠崎の言葉に、咄嗟に何も出なかった。
堰を切ったようにその唇から漏らされる思い出話。篠崎が誰にも言わなかった秘め事を俺だけが静かに伝えられる。
「言わないと伝わらねーよ」
もしかしたら相手だって自分のことを好きだったかもしれない。もしかしたら好きになってくれたかもしれない。言わないと何も伝わらない。察しの良い人間ばかりではないのだと、そう言った。
「じゃあ五十嵐、おれの恋人になって。おれは五十嵐が好きだから。恋人になって」
「いいよ」
買い言葉だったのかもしれない。
少し投げやりに、少し強く言われた言葉に即答した。自分が言ったくせに篠崎は動揺して、お前は馬鹿かと罵られた。
「その馬鹿が彼氏で良いんなら」
青い空気に包まれて、篠崎は顔を真っ赤に染めた。しどろもどろな喋りで「だって」だの「お前が」だのぶつくさと言いつつ立ち上がり、席一つ分あった隙間が埋まる。それから俺の襟元をぐいと引っ張った。
俺を見下ろす目は泳いでいる。ただ、見上げた先の突き出た喉仏が口を開くのに合わせて動くのを見た。
不安げな瞳を隠すようにぎゅっと閉じた瞼。ぶつけるように合わさった唇。そういうことかと納得をして、キスしながら笑ってしまった。
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