青の時間

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 赤い屋根の少しぼろいアパート。一階はブロック塀に囲まれ、二階へと続くのは塗装の禿げた外階段。カンカンと響く音に足音を忍ばせた。 「入って」  整理された物の少ない部屋は高校時代の部屋を思い出させる。 「綺麗にしてんじゃん」 「もうすぐ引っ越すから」 「へぇ」  買ってきたお茶を貰い、床に座る。  部屋の隅に畳まれた布団。小さなテレビと閉じられた茶色の棚。開かれた紺色のカーテン。玄関からキッチン、奥まですべて見えてしまう一人暮らしの部屋。 「今日、村枝に頼んだんだ。連れてきてって」 「さっきの?」  篠崎は頷く。 「少し会えたらなって思ってて」 「十年ぶりだな」  昔のように隣に座る篠崎を気にしないように気にかけた。 「昔はよかったなぁ」 「でも昔は……昔よりは今の方が生きやすいんじゃないのか」  同性愛者なんか滅多にいなかったあの頃。それに比べればまだ今の方がいい気がした。 「恋人いねーの?」 「いない」  大した酒も飲んでいないのに体温が上がる気がした。 「恋人いなくても結婚してるとかねーよな?」 「ないよ」  篠崎が笑う。  社会が普通でなかったものを普通だと思うように変化しつつあったとしても、個人にまでは至っていない。  冷たいお茶が喉を通る。閉め切った部屋はまだ昼間の暖かさを残している気がしたが、この古いアパートではすぐに夜の冷たさに飲まれるだろう。  するりと手に手が重なった。 「お願いがあるんだけど」  十年前に引き戻される。 「何?」  当時とは違う眼鏡の顔が、眉を下げて薄い唇を開く。 「おれとセックスして」
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