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カーテンの隙間から朝日が差し込む。とても眩しい。
閉じている瞳を容赦なく開けようとしてくるそれは、否が応にも、現実から目を覚まさせようとしてくる。
とても鬱陶しい。
「んん……」
起きたくない。睡眠を求め、身体から布団を離さないよう脳が指令を出している。
「……」
だが起きなくてはならない。
夢を見ていた。青春時代の、甘酸っぱく、楽しく、寂しく、悲しい、懐かしい、あの頃。
素晴らしい世界だった。ここにずっといたいと思った。
だが、非情にも現実に引き戻された。虚無感を心に抱えて、身体が動かない。それでも今を見据えなくてはならない。
「……はぁ」
布団の中で気持ちを切り替え、身体を起こす。
気が変わらない内に準備をしなくては。
重い心を引きずりながら、軽く朝食を摂り、パジャマから黒い服に着替え、シオンの花束を抱え、家を出る。
時刻は8時。冬なので、冷えた空気が息を白くする。全身がかじかみ、思わず身震いする。
いつもの事だが、だいぶ早い時間に出ると我ながら思う。だが、いつも寄り道をするので、彼の元へ着く時はお昼を過ぎる。このくらいが丁度良いのだろう。
私、花一華 叶は、彼、蝦夷 練をずっと想い続けている。
今日は彼のところへ行く日だ。
彼とは幼なじみで、小さい頃からよく遊んだり、学生の頃は良い景色の道を歩いたり、一緒にいて心地好い人だった。
初めて会った時から、とても優しく、頼りがいのある、魅力的な人だった。
私は彼を慕っていた。時が経つごとにその気持ちは深く刻まれ、いつしか特別な感情を秘めるようになった。
彼は本当に素敵な人だった。
それに比べ、私は特に魅力的と言える要素を持ち合わせていなかった。特別容姿が優れているわけでも、特筆した特技があるわけでも、頭脳明晰でもない。平凡以下の存在だ。
側にいてくれるだけでありがたい。
そう言い聞かせ、想いを伝えようとする自身を、心の中に閉じ込めた。
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