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1-19 消えた桃
桃と連絡がつかない。
文化祭の翌日体が軋んでいるというのにまた上条の家に行った。
家を出る前は行為をしないと決めていたし上条にもそう言っていたのに、部屋に入りその匂いと体温に埋もれてしまえば自制が利かなかった。
俺の数日はただひたすら幸福で、ぐずぐずに甘やかされていた。
発情期がきたらもっと、もっともっとこいつとするセックスは気持ちよくなるのだろうかと期待もした。
今でもこんなに気持ちがいいのに、発情期に求め与えられれば頭がおかしくなるだろう。
きっとそうしたら、人間をやめて獣に落ちるのだって喜んでしまう。
文化祭も終わったし番にもなれたのだからそろそろ元の学校に戻ると上条は言った。
寂しい、と自然に口から出たが、喜ばれただけでその決定は変わらないようだった。
俺がこいつと会えるのもきっと、こいつが父親とした約束のおかげなのだろうから仕方が無いと思う。
でも、寂しい。
学校では一定の距離を保ったり風通しのいい所にいないといけないけど、それでも毎日顔が見れた。
行きと帰りにはその匂いを嗅いで幸せを感じることができた。
桃と連絡がつかない。
お祭り気分も去ってしまった学校は、次のテストのために慌てている。
上条と会えるのはいつなのかと問えば、土日には絶対にと返ってきた。
今までのように毎日は会えないけれど、その代わり土日はそれこそ一日中一緒に居られると。
「颯君のご両親が許してくれるなら、土日ずっと一緒に」
泊りの提案だった。
俺は両親にお願いをする。
最終的には「オメガとしての本能だ」何てろくでもないことも口にした。
ベータの両親はいくら学ぼうと実感としては分からないオメガの性というものにしぶしぶ許可してくれた。
桃と連絡がつかない。
文化祭の時にはまだ暑い日もあったのに、すっかり季節は秋になった。
指定のセーターを着て通学する。
上条が学校に来ていた時はまだ夏服だった。
文化祭の時は夏服でも冬服でもいい時期で、あいつは夏服を着ていた。
本当に一時的な――、一月とちょっとしかいなかったあいつは制服を買っていたのだろうか。土曜になったら聞いてみよう。
あいつはたった一月しかいなかったのに、そのたった一月で俺は変わってしまった。
だから、桃に色々と話したい。
色々と話したいことがあるのに、桃と連絡がつかない。
桃と連絡がつかなくなって、一か月ほど経つ。
いくら発情期で前後不覚になるくらい苦しんでいたとしても、こんなに長くかかるだろうか。
もしそうだったとしたらそれはそれで心配過ぎるし、どうにも良いイメージが浮かばなかった。
桃が働いていると言っていた町の名前とオメガの風俗店というキーワードで検索をかける。
風俗店はいくつかあるようで、どれもあまり大きい店ではないようだった。
こういう店に関しては纏めてあるサイトがあるからわかりやすい。
今まで見たことのないサイトを一つ一つ開き、桃の名前が無いか探した。
桃は『桃』というその名前で働いていると言っていた。
俺が知っているのはただそれだけで、他のことは何もわからない。
でも店に行くと言っていたし、店舗があるところなのだと思う。
店に所属している人を見て桃の名前を検索し、引っかからなくても顔を見ていく。
顔が出ているところもあれば隠されているところもあったが、あれだけ毎日見ていたのだから引っかかるところがあればわかるだろうと思った。
――見つからない。
サイトを持っていない店もあるだろうか。
どうにかそれっぽいものが引っかからないかと、検索ワードを変えてみる。
店のサイトでなくても誰かのコメントとかが引っかかるかもしれない。
結果、桃という名前が引っかかる店があった。サイトもあった。
桃じゃないか? と思う顔が少し隠された写真がその店の人気の子だと紹介とともに残っていたが、リンクを辿り店のサイトに行っても桃の名前はなかった。
居たはずなのに、居ない。
桃が店を変えたのだろうか。
俺と話している間にそんなことは言っていなかったけど、言う必要もない。
店を変えたんじゃなくて辞めたんだとしたら?
俺は店に電話することにした。
「すみません、桃っていう子はいませんか」
簡単に聞いた。それ以上のことは必要が無かった。
「桃はやめましたよー」
やめた、という情報が得られる。
「店を移ったんですか?」
「いや、違いますよ」
店を移ったわけでもない。
「連絡先知りませんか? 最近連絡が取れないんです。俺桃と友達なんです。俺もオメガで、ずっと話してて」
必死だった。
この人ならきっと知っている。
電話の向こうの男の人に、何か少しでも教えてもらいたかった。
「教えられないんです。ごめんなさい。君はどう? うちで働かない?」
「いや、俺は」
「条件はきちんと確認してもらって、嫌なことはやらなくてもいいよ」
「俺は、働かないです。ごめんなさい」
働く予定もあったけれど、働かないと言ってしまった。
上条が来なければ俺もここで働いていたかもしれない店だ。
「すみません。ありがとうございました」
電話を切って溜息をつく。
店をやめたことは分かった。でもそれ以上のことは分からなかった。
住所でも聞けばよかっただろうか。いや、それも個人情報だから教えてもらえないだろう。
冷静に見れば俺は、友達だと偽って探りを入れているストーカーのようにしか見えない。
連絡がつかなくなる前日まで普通に話していた。
それが突然、糸が切れるように繋がりが切れてしまった。
毎日のようにくだらない話も真剣な話も相談して、愚痴も、寂しさも共有していたのに、いなくなってしまった。
桃のアイコンを選び何度鳴らしても通話は出来ず、メッセージに返信もない。
本当に突然いなくなってしまった。
もしかして、何か事件にでも巻き込まれているんじゃないだろうか。
探さなければ。
桃を、探さないと。
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