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農家の娘 ~降って湧いた玉の輿~
ここは「神聖帝国」であるが、しばらくして「神聖ローマ帝国」を名乗ることとなる国である。
この世界の情勢は、13世紀頃の中世ヨーロッパにそっくりであるが、過去の地球なのかというと、さにあらず。
その証拠に、この世界には月が2つあった。
一つ目の月は前世でなじみのある月そのものであるが、もう一つは小さくて暗い。こちらは新円ではなく、歪んでおり、じゃがいものような形をしていた。
この世界はいわば異世界。
魔法が普通に存在し、森には摩訶不思議な魔獣が跋扈するファンタジーな世界であった。
◆
神聖帝国に地球から異世界転生してきた天才チートな男がいた。
彼の名はフリードリヒ・エルデ・フォン・ザクセン。
彼は、その前世からしてケンブリッジ大学博士課程主席卒業の天才量子力学者で他の学問にも精通しており、かつ、無差別級格闘技をも得意とするチートな男だった。
転生後も持ち前のチート能力を生かし、剣術などの武術、超能力や魔法を極めると、人外を含む娘たちとハーレム冒険パーティを作り、はては軍人となり破竹の昇進を遂げ、現在は神聖帝国のロートリンゲン大公の地位にあった。
◆
ラサール一家は山奥の山村に住む農家だった。
家族構成は家主のコンラート、妻エリサ、長女ルーラ、長男バーナビー、次男アーナビーの5人家族である。
だが、ある年。秋の長雨が原因の土砂崩れで収穫間際の畑の大部分が被害にあってしまった。
コンラートは仕方がなく、生活費を稼ぐためにナンツィヒで出稼ぎ労働者として働くことにした。
ナンツィヒで職探しをしていたところ、ラッキーなことにタンバヤ商会がナンツィヒ郊外で経営している大規模農園で農業従事者を募集していた。
コンラートは一も二もなくこれに飛びついた。自己所有の畑の復旧は自力では不可能だ。であれば、生活の拠点をこの農場に移してしまおう。それ以外に選択肢はない。
コンラートは農業の腕は確かだったので、すぐに採用が決まった。
そして春が来て大規模農園での畑作作業が始まった。
長女ルーラは14歳。長男バーナビーは7歳、次男アーナビーは6歳と年の離れた弟2人の姉としてちょっとしたお母さんきどりの少女だった。
妻エリサはまだ小さい弟たちの世話があるので、ルーラは自然とコンラートの農作業を手伝うようになっていた。
◆
ある日。
ルーラが畑仕事を終えて帰る途中、見かけ20歳くらいの若い男が畑に実っている作物を覗き込んで見ているのを見かけた。
──なんだべ? まさか作物泥棒?
ルーラは男に声をかけた。
「おめえ。こっただところで何してるだ?」
すると男の陰に隠れて見えなかったが、小柄な老人がいる。
「ありゃ。フムス爺っちゃんでねえか。何してるだ?」
フリードリヒの眷属である土精霊のフムスは、農園の各農業労働者のところを周り、農業技術指導員のようなことをやっていた。それで知り合いなのであろう。
2人は顔を見合わせると、困ったような顔をした。
が、若い男の方が答えた。
「私はタンバヤ商会で農業調査員をやっているフリードリヒといいます。今、畑の作物のできを見て回っているところなのですよ。決して怪しいものではないのでご安心を」
「なんだ。そうだったのけえ」
そこでフムスは「この畑のことは実際に育てている者に聞くのが一番じゃろ」というなり姿を消してしまった。
──えっ。何だよ。いきなり2人きりにするとかあり?
仕方がないので、話題を振る。
「ここの畑の作物はどれもできが素晴らしいですね」
「それはそうさ。お父ちゃんの腕は帝国一だからな」
「特にジャガイモとサツマイモの出来がいいですね。今年初めて育てたのでしょう?」
「ああ。そうだども両方とも丈夫な植物だから。素人でもこのくらいは育てられるっちゃ」
「またあ。ご謙遜を」
「いや。嘘でねえ」
それからフリードリヒはルーラに作物のことをいろいろ説明してもらった。方言まじりで口は悪いが、農業に対する熱意がひしひしと感じられる。
2人は徐々に意気投合していった。
が、突然周りの気温が下がり、ひんやりとしてきた。
空を見ると巨大な積乱雲が発達し、急激に薄暗くなってきた。
「こりゃあ夕立がくるな。急いでおらん家に避難するっちゃ。付いて来るっちゃ」というとルーラはフリードリヒの手を掴んで走り出した。
しかし、時すでに遅し。
大粒の雨が滝のように降ってきた。
「しょうがねぇ。そこの農機具小屋に避難するっちゃ」
「ああ。わかった」
2人は小屋に駆け込むと走って乱れた呼吸を整え、一息ついた。
だが、寒い。積乱雲のせいで気温が急激に下がっているし、着ている服は雫が垂れるほど濡れている。
フリードリヒは迷った。
先ほどもそうだったが、魔法を使えば雨避けもできたし、今も火魔法を使えば温まることもできる。
が、ここまで隠したのだ。最後まで隠し通そう。
そのうちルーラが寒さでガタガタと震え出した。
「濡れたままの服を着ていたら冷えるだろう。脱いで乾かしたらどうだ」
「そっただだこと言って、嫁入り前のおらの裸を見るつもりだべ。そうはいかねえ」
「そんなつもりはない。私は後ろを向いているから。それに私も脱ごう。それでおあいこだろう」
「わかっただ。ぜったい見るんじゃねえぞ」
「ああ」
服を脱ぐ衣擦れの音がして脱いでいる姿が想像できてしまう。なんだか照れ臭い。
中世では、カトリックの教えにより、女は男が着る服を着てはならないということになっていた。ズボンは男が着るものとされていたため、チュニックの下はノーパンが普通だった。
すなわち、今、おそらく彼女は全裸の状態ということだ。
「脱いだら脱いだで寒いだよ」
「だったら2人で温めあうか。1人ずつよりはましだろう」
「そっただ恥ずかしいこと…」
「緊急避難だ。やむを得まい」
すこし躊躇した後、ルーラは言った。
「…わかっただよ」
そしてルーラはフリードリヒの背中に抱きついてきた。
背中に乳房の当たる感覚がする。かなり大きそうだ。着やせするタイプなのか…
そんなことを考えていたら、フリードリヒの股間が反応してしまった。
ルーラが「ひっ!」と驚きの声を上げた。
肩越しに大きくなった一物を見てしまったらしい。
嫁入り前の娘だから初めての経験なのだろう。
ルーラは緊張した声で言った。
「おらにやらしいことする気だべ?」
「そんなことはないが、おまえが乳房を背中に当てたりするから、反応してしまっただけだ」
「そんなもんなのけえ?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ。背中合わせになるっちゃ」
「それが無難だな」
だが、背中合わせで体を密着させるのは結構難しい。
両手を握りあってやろうとしたが今一つで、結局両腕をお互いいに絡めあうような形になって、やっと安定して密着できた。
が、これはこれで刺激的なポーズではある。
並行してフリードリヒは干してある衣服を水魔法で少しずつ乾かした。あまりカラカラに乾かすと怪しまれるので、生乾き程度でとどめてある。
体を温めあって人心地ついたので、フリードリヒは言った。
「そろそろ乾いたんたんじゃないか?」
「ああ見てみるっちゃ」
そう言うとルーラは衣服を確認して言った。
「少し生乾きだが、なんとか着られそうだっちゃ」
2人は服を着ると小屋の外へ出た。
雨は上がっていたが、日は今にも沈みそうで、薄暗い。いわゆるたそがれ時というやつだ。
そこで後ろから女性に声をかけられた。
「ルーラ。おまえ若い男と2人でその小屋でいったい何をやっていただ?」
口調からしてルーラの母親のようだ。帰ってこないので心配して探しにきたところ、ちょうど小屋から出るところを目撃されてしまったようだ。
「ああ。ただの雨宿りだっちゃ」
「若い男女が密室で籠っていたんだ。何もないはずないべ」
「そっただこと言ったって…」とルーラは戸惑っている。
母親はフリードリヒに向き直ると言った。
「あんた。責任はとってもらうからな。覚悟するっちゃ」
「いや。ですからルーラが言うとおりに、何もやましいことは…」
「そんな言い訳が通る訳がないっちゃ」
結局、フリードリヒは信用されず、人質ならぬ物質として財布を取り上げられたうえで、その日は返してもらえた。
しかし、困ったな。
どうやって始末を付けたらいいのだ?
◆
その後、とりあえずルーラの人となりを知るこが先決と思い、時間を見つけてはルーラのもとに通った。
ルーラは長女らしく、弟たちの世話を焼くお姉さん気質の女性のようだ。これは世話焼き女房になるタイプと見た。
農民の服装をしていると目立たないが、結構な美貌の持ち主でもある。きちんとしたお手入れをして、服装も整えれば見栄えも良いに違いない。
通っているうちにルーラの両親も徐々に信用してきてくれているようだ。
そのうちにジャガイモの収穫期がやってきた。
フリードリヒも時間を作ってなるべく手伝うようにした。
そして閃いた。
せっかく新じゃがが採れたのだ。農業労働者が集まって、前世みたいに芋煮会をやってはどうだろう。そこでジャガイモづくしの料理を振舞うのだ。
ルーラと両親に提案したら、当初は怪訝な顔をされたが、そこは熱心に口説いて何とか承知させた。
そして当日。
城の食堂の厨房から大人数用の大型鍋を借りてくると、早速芋煮作りをはじめる。
前世のように味噌も醤油もないので、とりあえず肉をぶち込んでダシをとり、ジャガイモと適当な野菜を煮込むと塩で味を調えた。それだとパンチがないので、ハーブ類を適当にいれる。
どんな味になるか未知数だったが、できてみると意外にいけた。
当初集まりは悪かったが、匂いや酒がはいってどんちゃん騒ぎをやっている音を聞きつけて三々五々人が集まってきて、最後は大盛況のうちに終わった。
皆は気に入ったようで、収穫祭的に芋煮会をする習慣が根付くこととなった。
ルーラの母のエリサは言った。
「いやあ。楽しかった。あんたも粋なことをするでねえか。これなら安心して娘を任せられるっちゃ」
その横で夫のコンラートがしきりに頷いている。
──これってもう既定路線ってこと? まあいいか。
◆
そしてフリードリヒの思惑とは別に、結婚の段取りは進められていく。
コンラートが言う。
「あんたの両親に挨拶が必要だと思うが…」
「父はバーデン=バーデンにいます。母はいません」
「バーデン=バーデンとは遠いな…」
「当主はわたしですから、父への挨拶はいりませんよ」
「そうけえ。ならいいんだが…」
エリサが言葉を挟んだ。
「ならあんたの家を見せてくれないかい? どんなボロ屋でもおどろかないからさ」
「それは構いませんが…」
そして翌日。
ルーラと両親を城に案内した。
エリサが言った。
「それであんたの家は城のどこにあるんだ? 番小屋みたいなとこか?」
「この城が私の家ですが…」
「何言ってるだ。バカ言うでねえ」
「いえ。本当に…」
そこに農林水産卿のアーベル・フォン・エッゲブレヒトが通りかかった。
「これは閣下。そこの農民はどうされました?」
「まあ。ちょっと成り行きでな…たぶんこの娘を愛妾にすることになると思う」
「農民にまで手を出すとは…閣下も守備範囲が広いですな」
「そんなにいじめるなよ…」
「はっはっはっはっ」
どうやら真実に気づいたらしく、ルーラの両親は青い顔をしている。
ルーラはまだわかっていないようだ。素朴に疑問を口にした。
「なんだおめえ。本名はカッカっていうのけえ?」
「いや。閣下というのは敬称だ。実は私はロートリンゲン大公フリードリヒなのだ」
次の瞬間。ルーラの両親は「ひーっ」と悲鳴を上げて叩頭した。
ルーラはまだピンとこないらしい。
「なんでえ。『タイコウ』って?」
コンラートが必死に説明する。
「ロートリンゲンで一番偉い方のことだ!」
ルーラは「えっ」と驚きの声をあげて硬直した。
「でもタンバヤ商会の調査員って…」
「悪い。あれはあの場の方便で言っただけだ…まさかこんな展開になるとは思っていなかったのでな…」
それを聞くとルーラはその場にへなへなとうずくまってしまった。
コンラートは言った。
「これまでの無礼のかずかず。平にご容赦をお願い奉り申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
「それはいいのだ。気にしていない。それでルーラの件なのだが…」
「それはもちろんなかったことに…」
「結婚は無理だが、愛妾ならば受け入れるにやぶさかではないが、どうする?」
ルーラが力なく聞いた。
「『アイショウ』って、何だべ?」
「結婚式を挙げないだけで、事実上の夫婦と思ってもらえればいい」
「そうけえ。なら。おらは『アイショウ』になりてえっちゃ」
そこに、コンラートが慌てて止めに入る。
「バカ!なんてことを言うんでえ!」
だが、フリードリヒは淡々と言った。
「本人が望むのなら私はかまわないが…」
「ははーっ。おおせのとおりにいたします」
こうしてルーラはフリードリヒの愛妾に名を連ねることとなった。
◆
農民出身の愛妾という異色の存在に、フリードリヒの妻・愛妾たちは驚きを隠せなかった。
だが、お城に住む以上は言葉遣いから何から相応しいものにしなければならない。
それからお城の人間が総出でルーラの改造プロジェクトが始まった。
そして約1年後。
ルーラは言葉遣い、しぐさなど、何から何まで貴婦人として恥ずかしくない存在となっていた。
もともと才能があったのかもしれないが、人とは変われば変わるものだと感心するフリードリヒであった。
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