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12 ②(3)
暫く愛しい番の無防備に眠る姿を見ていたが、啼かされて赤く染まった目元や触ると滑らかな肌触りの白い肌に咲くおびただしい数の赤い薔薇。
そんな番の淫猥な姿に死ぬほど交わり欲を吐き出しきったはずなのに、再び中心が熱を集めつつある事に気づき自分の貪欲さに苦笑する。
流石にこれ以上疲れて眠っている薫さんをどうこうするのは躊躇われて、シャワーを浴びる為に傍を離れた。
シャワーを浴び漸く熱も治まり浴室から出てくると、ピンポーンと一度だけ来客を告げるベルが鳴った。
インターフォンのモニターを確認するが誰もない。
不思議に思って手早くガウンを纏い玄関の扉を開け辺りを窺ってみた。
しかしそこにはすでに人の姿はなく、大きなクマのぬいぐるみとその腕の中で幸せそうに眠る天使。そしてその周りには沢山の可愛い花が飾り付けてあるちょっと大きめのオブジェがあるだけだった。
カードもなく、差出人が分かるような物は何もなかったが花の香りに交じって僅かに昔嗅いだことがある懐かしい香りを感じた。
そういえばあいつは華道の家元の息子だったな――――。
四年程前に幼馴染みのΩの子に押し切られる形で結婚して、仲睦まじい番になったと風の噂で聞いている。
懐かしさに目を細めるが、すぐにそれを振り払うようにぎゅっと一度だけ強く目を瞑る。
それからオブジェを部屋の中に運び込んでいると、薫さんが目覚めていたようでシーツを身体に巻き付け恥ずかしそうな声で訊ねてきた。
「それ、どうしたの?」
「贈り物みたいです」
俺はそれだけを伝えた。他に言える言葉が見つからなかったのだ。
「へぇ。可愛いね。熊と天使だね。まるで俺たちみたいだ。誰からの贈り物なのかな?」
薫さんの質問にすぐには答える事ができなかった。
だけど……薫さんが変に思う。ちゃんと答えなきゃ……。もう誤解やすれ違いは嫌なんだ。
「―――― 一条……一条 遥から、です」
「一条……」
それっきり黙ってしまった薫さん。やっぱり遥の事が許せないんだ!
俺たちが八年もの間離れ離れになる原因を作ったヤツだ。許せなくて当然だ。
「薫さんが見たくもないと言うならこれはすぐに捨てます!!」
食い気味にそう言って部屋に運び入れたばかりのオブジェを再び外に持ち出そうとして、薫さんに慌てて止められた。
「ううん。嬉しいよ。俺たちの事を祝ってくれてるんだろう?」
「でも……薫さんの事、傷つけた……」
感情がぐちゃぐちゃになって涙が零れそうになる。
「一条君に傷つけられただなんて思ってないよ。あれは俺が弱かっただけだ。楓君の事を信じられなかった俺の弱い心が悪かったせい。キミのおうちの事だって経済的に困ってなんかいないって調べればすぐに分かったんだ。だから、だからね。あの事でキミたちふたりが仲たがいをしているのなら……仲直りしてくれないかな?」
薫さんの立派な眉がへにょりと垂れる。
「…………」
でも……だけど、それでも俺は……。
俺は薫さんに「はい」も「いいえ」も言う事ができず、ぐっと握りしめた手のひらに爪が食い込んで血が滲むが痛みなんか感じなかった。
黙り込む俺に聞こえて来た薫さんの優しい声。
「あ、あれは仔猫かな? 熊と天使だけじゃなかったんだね。仔猫は翡翠だったりして。あは、まさかね」
そう言ってふふと笑う薫さん。
俺の瞳から涙がぽろりと零れた。
「楓君……?」
一度だけ、あの雨の日の出来事を遥に話した事があった。
覚えているはずもない友だちとの些細な会話だった。
それなのに、あいつは覚えていてくれたんだな……。
「――――翡翠です……。十六年前の雨の日に俺たちは出会っていました」
「え……。あ、あの子……が」
俺の言葉に少しだけ遠い目をし、思い出したのか目を見開き驚いている。
「楓君、――――おいで?」
そう言って微笑みながら両手を広げる薫さん。
俺は吸い寄せられるように薫さんの元へ行き、薫さんにいたわるようにぎゅっと抱きしめられた。
「楓君はずっと覚えてくれたんだね。楓君の事いっぱいいっぱい傷つけちゃってたね。ごめんね」
「――っ……っ」
俺は声もなく泣いた。
八年前に自ら終わらせてしまった友情が今もそこに確かにあるのを感じた。
ずっとずっと俺もあいつの事が気になっていた。
今でも薫さんを傷つけた事は許せないけれど、俺だってあいつの事をいっぱい傷つけた。
それなのにあいつはずっと俺の事を友人だと……大切な幼馴染みだと思ってくれていたんだな。
薫さんの言うように俺だけが意地をはっていてはダメだ。
俺はもうあの頃のように子どもではない。感情のままに人を傷つけて平気でいてはいけないんだ。
八年ぶりに会いに行こう。そしてお互いの八年分の出来事を笑って話すんだ。
お互いの大切で愛しい番の惚気も添えて。
-おわり-
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