俺のかわいい婚約者さま 1

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俺のかわいい婚約者さま 1

 あの頃俺にほんの少しの勇気があったなら、今でもこの手はあの温もりを失わずに済んだのかな……。 *****  俺の名前は及川 薫(おいかわ かおる)二十八歳。  平日は勉強に仕事にと忙しくしていたが今日は休日。Ωである俺がα社会でもやっていけるように、平日は寝る間も惜しんで頑張って休日はしっかりと休むようにしていた。そうでなければ続かないし、続けられなければ意味がないからだ。  広いリビングでゆっくり目の朝食をとり経済新聞を読む。膝の上には黒猫の翡翠(ひすい)が気持ちよさそうに丸まっている。そんないつもの休日の風景。ゆっくりと時間が流れとても心地が良い。  そこへ突然、小躍りしそうな勢いでリビングに飛び込んで来て父さんが叫んだ。 「薫! お前に婚約者ができたぞ!」  驚いた翡翠は「にぎゃっ!」とだけ鳴き、どこかへ逃げてしまった。  俺も思わず手に持っていたカップを落としそうになるが、なんとか落とさずにすみほっと息を吐く。  ――――父さんは今何て言った? 俺に婚約者――? そんなばかな……。  俺も二十八歳。婚約者がいてもおかしくはないし、立場的には遅いくらいだ。なのになぜこんなに驚くかというと、俺が十八歳になると同時に父さんはあちこちにお見合い写真をばらまいていた。  そうでもしないと話がまとまらないと思ったからで、実際この十年お見合い話は成立せず、相手と会う事すらなかったのだ。  だから俺だってもう諦めていた。  俺は及川財閥の長男で一人っ子だ。社会的にはトップクラスの地位にいて、当然その伴侶となる相手の将来は約束されたも同然だった。  本来なら結婚相手はよりどりみどりのはずが、俺のこの容姿のせいでそうはいかなかったんだ……。  自分で言ってて悲しくなって瞳がうるうるとしてしまう。  この世界には男女の他にそれぞれにα、β、Ωの6種類の性が存在していた。  俺は男性Ωで世間的にはやはり女性Ωの方が求められやすくはあるが、そこまで絶望的になる程の欠点でもなかった。なのに俺が誰からも相手にされない理由――――、それは俺の見た目がゴツイ、からだ。  とにかくゴツイ。細い切れ長の目に意志の強そうな太い眉。何の色気もない薄い唇。大きくて逞しいガタイ。まるで熊のようで――。  およそ一般的にイメージされるΩのそれとはまるで違っていた。  Ωとはαにとって大事な番となり得る存在であり、庇護対象なのだ。  こんな熊のように大きな男を庇護対象とはとても見る事ができず、地位や財産に目がくらむαはひとりもでなかった。大抵のαは優秀であるし、元々お金持ちが多いから俺と結婚する事で得られる地位も財産もなんら魅力的には映らなかったのだろう。  それが、さっき父さんは何と言った?  婚約者ができた(・・・)?  俺はお見合いすらしていない。なのに婚約者ができた、とは一体全体どういう事だ。  訝し気に父さんを見ると、盆と正月がいっぺんに来たかのようにとてもめでたい顔をしていた。 「あの……、婚約者……ですか?」 「そうだぞ。婚約者(・・・)だ。あちらがえらく乗り気でな。早速お前に会いたいと、これからお見えになるそうだ」 「はい???」  急展開に驚き二の句が継げないでいると、執事の山本が来客を告げた。  心なしか山本の表情もいつにも増して柔らかく、嬉しそうにしているように見えた。  俺は混乱状態のまま父さんと連れ立って訪問者である婚約者? を出迎える為に玄関へと向かう。  執事によって開かれた扉の先で待っていたのは、可愛らしい天使(・・)だった――。
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