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 あの後もデートを重ね、何度も楓君を試すように楓君の『好き』を確認した。  その都度楓君は嫌な顔ひとつみせず「好きです」と真っすぐに伝えてくれた。  それでやっと少しだけ楓君の『好き』を信じてみようと思い始めた頃だった。  会社から帰ると自宅前に俯き佇む少年の姿を見つけた。辺りが暗くてこの距離からは顔までは確認する事ができない。だけど、うちに用事がある少年といえば楓君の事しか思い浮かばなくて、仕事での疲れが一瞬で癒され喜びに変わる。  小走りに近寄ると、気配に気づき顔を上げたのは全く知らない少年だった。  まだ成長途中の若木のような、だけどひと目でαと分かる風貌の楓君と同じ年ごろの少年。  それ以上近づけなくてピタリと足を止めた。 「えーと……?」 「あんたが薫さん?」  少年は俺の事を憎いとでもいうような鋭い視線で睨んでいて、全身で威嚇している。少しだけΩとしての本能が恐怖を覚える。 「――そう、だけど? キミは誰、かな?」  相手の正体が分からない以上弱みを見せてはいけない。声が震えてしまわないようにゆっくりとはっきりとした声で訊ねた。 「俺は一条 遥。楓の幼馴染みで、将来結婚する約束をしている」 「――――え? キミは……α()……でしょう?」 「だから何だよ! αだろうがΩだろうが関係ない! 俺は楓の事が好きなんだ! 他の事なんか知らない!」  少年、一条君の言葉に雷に打たれた気がした。  自分が一番言われたくなかった二次性での決めつけ。  Ωは綺麗で可愛くて小さくて守りたくなるような見た目じゃないといけない。  Ωはヒートがありそのフェロモンは香しく、どんな相手も魅了するものだ。  ΩはΩはΩは――――――。  どれも俺には当てはまらないもの。  それなのにαの楓君の相手はαではダメでΩでなくちゃいけないだなんて、そんな事言っちゃいけなかった、のに。 「お前となんか……本当は結婚したくないって言ってた。今、楓の家経済状態が苦しいからお金の為だって……愛してるのは俺だけ、だって……楓は……そう言ってた――」  一条君はそれだけ言うともっと何か言いたそうにしていたけど、それ以上は何も言う事なく帰って行った。  光り輝いていた世界が一瞬にして粉々に砕け散った気がした。  ああ、でもそれが一番しっくりくるな。  俺はΩであってもあの少年のように美しくもないし、自分に自信もない。  誰からも愛されない、求めてはもらえないΩなんだ。  たとえ一条君が言っている事が本当の事でなくてもそんな事は関係ない。最初から関係なかったんだ。 *****  その夜、俺は楓君に電話で別れを告げた。  本当は会って直接言った方がいいに決まってるけど、どうしても面と向かっては言える気がしなかったのだ。  平静を装い、静かに言葉を紡ぐ。 「大丈夫だよ。結婚なんかしなくてもキミのおうちへの援助はするし、キミは自由だ。本当に好きな相手と結婚したらいい。だから――だからね、この婚約はなかった事にしよう――」 「え? 薫さん??? どういう事ですかっ? 理由を……理由を教えてくださいっ!」  俺は何度も練習した台詞を一方的に伝えると通話を終え震える指でタン……タン……と画面をタップした。いくつ目かの操作の後、画面に浮かぶ『連絡先を削除しますか? YES/NO』の文字。  俺は唇を噛みしめゆっくりとYESに触れた――――――。  これでもう終わり――。  これから先、あの子が笑うその傍に俺はいない。堪えていた涙がポロリと零れ画面を濡らす。  諦める事なんて慣れっこになっていたのに俺の中で楓君の存在はこんなにも大きなものになっていたなんて――――。  悲しむな。寂しがるな。俺にそんな資格なんてない。  楓君との縁を切ったのは他でもないこの俺自身。  俺は元々結婚する事なんて諦めていたのにキミの『好き』に甘えて幸せな夢をみてしまった。  夢ならそろそろ覚めないと――。  楓君、俺はキミといられて本当に幸せだったよ。抱えきれない程の沢山の幸せをありがとう。  だからね楓君、俺の事なんて早く忘れてキミも幸せになって。キミが本当に愛する人と世界一幸せに……。  心からキミの幸せを願っているよ――。愛しい愛しい俺の天使……。  無理矢理笑顔を作ろうと口角を上げてみてもうまく笑えず、その頬を熱い物がいつまでも流れ続けていた。
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