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②
「――――え」
きつい口調ではないものの予想外の事をはっきりと言われてしまい驚いた。
俺の『運命』、考えなかったわけではなかった。俺はαだから今こうしていてる瞬間も俺の『運命』に出会ってしまう可能性は否定できない。
だけど及川さんからそんな風に言われるとは思ってもいなかった。そんな突き放すように冷たく――――、と眉間に皺を寄せはっとする。俺は及川さんに何と言って欲しかったんだ? 何と言って貰えたなら納得したんだ? 上辺だけの言葉を俺は求めてなんかいなかったはずなのに――。
及川さんは俺の表情の変化に目を細め「ふふふ」と笑った。
「今僕の事『そんな事言うとは思わなかった』とか『冷たい』とか思いました?」
「あ……いや――すみません」
俺は素直に頭を下げて詫びた。嘘だと分かっていても誤魔化してしまう方がいい場合もあるが、今回は違う。へたな誤魔化しは及川さんに対して失礼だと思った。
そう考えている事すらも及川さんにはバレているようでいたたまれないが、及川さんは特に気にした風もなく続けた。
「これは冷たいとかそういう話ではないんですよ。結局は自分に覚悟があるかどうかって話なんです。先日の坂口さんのプロポーズは嬉しかったですが、僕には翔以外考えられません。たとえ僕と夫が何らかの理由で番になれなかったとしても僕は他の誰の手もとらなかったでしょう。なのにあなたの元パートナーは一度はあなたの手を取ったにも関わらず『運命』と再会したらそちらへ行ってしまった。ひとりの人を愛し抜く覚悟が元パートナーにはなかったんだと思います。もしあったならあなたがいくら交際を申し込んでもそれを受け入れるべきじゃなかったし、あなたの手を取ったのなら最後まで添い遂げるべきだった。誰だってひとりで生きていくのは怖い。だけど元パートナーの身勝手な行動であなたはこんなにも傷つけられた――。僕は夫の存在を知った時からもう僕には他の可能性なんてひとつも考えられなかった。それが偉いと言っているわけではありません。ただ僕は翔と共に生きる覚悟を決めただけの話です」
及川さんはひと呼吸おいて、そして続けた。
「そのβの彼と付き合って結婚したとします。もう一度訊きますが、その後で坂口さんの『運命』が現れたらどうしますか? 彼を捨てますか?」
「そんな事――! 俺は絶対に捨てたりなんか――っ……」
「ですよね。僕も翔とは運命なんかじゃなくても翔以外いらないって思うんです。だからね、『運命』のせいにして自分を正当化してあなたを捨てた元パートナーが悪いんです。あなたと出会う前には『運命』の存在を知っていたのでしょう? 繰り返しになりますが、捨てるくらいなら最初からあなたの手を取るべきじゃなかった。僕も『運命』がどういう存在なのか分かりますから強くは言えませんが、少なくても終わりくらいはきちんとするべき事で、指輪と離婚届を送りつけて「はい、さよなら」はないと思います。話を訊いて僕には坂口さんが自分を責めているように思えるんですが、誰が見たってあなたはちっとも悪くないんです。あなたと元パートナーが番って結婚したのも最終的に決断したのは元パートナー自身だし、あなたは無理強いをしたわけではないのでしょう? だったらあなたが少なくてもその人に対して罪悪感を抱く事なんてひとつもない。あなたは自分を責める必要なんてないし、幸せになっていいんです。それにもうあなたの中で答えなんてとっくに出ていましたよね。あなたはその彼の事をちゃんと愛していると思います。だって僕にプロポーズしてくれた時と彼の事を語るあなたの表情がぜんぜん違いますから」
そう言って及川さんはふわりと笑って、「あとは覚悟を決めるだけです」と言った。
覚悟、確かにその通りだと思った。それと同時に及川さんは強いなと思った。この強さがアイツにも――いや、俺にあったなら俺とアイツも何かが違っていたのだろうか――。
俺はずっと分からなかった。俺と番になって結婚して――俺の勝手な想いでアイツを縛ってしまったのではないだろうか。俺は本当にアイツの事をちゃんと愛せていたのだろうか。いつも俺は幸せとは別の何かの中にいた。愛してやまないアイツと共にいるのに不安でたまらなかった。
アイツを信じ、見守る事がアイツへの愛だと思い、俺の弱い部分を曝け出そうとは思わなかったし、アイツの不安について深く言及する事もしなかった。今なら分かる。それはただの『逃げ』だ。俺の『弱さ』だ。
アイツが去った後、アイツの親友が俺に伝えたように俺の愛が足らなくてあんな風に俺の元を去って尚、俺は全てを『運命』のせいにしてしまったのに。そんな俺があんなにいい子と恋愛をして幸せになっていいのだろうか。そもそもあの子を幸せにできるのだろうか――、そう考えていた。
だけど及川さんはアイツが悪いときっぱりと言い切った。
今更アイツを悪いとも思わないし責めるつもりも資格もないが、俺はもう自分を責める必要もないのだと思った。十年の間同じ場所から一歩も動けないでいた俺が、及川さんの言葉で一歩踏み出してみようと思った。一歩いっぽと踏み出して杉本くんの元へ行き、彼を抱きしめたい――。
俺はたとえ『運命』が目の前に現れて甘く誘っても大丈夫だ。俺はそれほど杉本くんの事を愛してしまっていた。どんなに否定してみてもこの気持ちは否定できるものじゃなかった。あんな失敗は二度としない――。
「ハハ、『運命』なんかに負けるかよ」
思わず口から出た俺の言葉に少し面食らった顔をしたが、及川さんはすぐに「ふはっ」と吹き出して笑いだした。そうだ。『運命』なんて笑い飛ばしてしまえばいい。
俺は及川さんにお礼を言って、すぐに杉本くんの元へと向かった。
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