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7 勝たせてあげる
花屋に着くと、杉本くんは丁度店じまいをしている所だった。
杉本くんの所に来たのはいいが、何をどう話していいのか分からない。黙り込む俺に、杉本くんは散歩でもしようと誘ってくれた。
俺たちは並んで歩き沈黙が続く中、公園に差し掛かったところで杉本くんがその沈黙を破った。
「坂口さんはどうしてオレと付き合ってくれたの?」
ごくりと息を飲む。
「俺は運命に嫌われているんだ」
俺がそう言うと彼は一瞬だけ眉間に皺を寄せ、すぐにニィっと不敵に笑った。
そして、深刻そうに呟く俺に反しておちゃらけたように、
「運命? それって美味しいの?」
杉本くんはまるで『運命』って言葉も知らなかったみたいにそう言ってのけた。杉本くんは俺がαだという事は知っているし、βだからといってαやΩにとっての『運命』を知らないはずがない。だけど確かにβであれば『運命』なんて存在しないし何の意味もないのだろうけど、多分これは杉本くんなりに場を和ませる為に言ってくれたのだと思う。杉本くんという人はそういう人だ。
だから俺も――。
「ハハ、美味しいかどうかは分からないな。俺にとっては――とても苦い物だった。けど――」
『今はそんな事はどうでもいい』と続けようとしたが杉本くんが被せるように言った。
「――オレが『β』だからでしょう?」
俺が答える事を躊躇った杉本くんの質問に対する答えだった。
「それは――」
違うとは言えなかった。及川さんと話して吹っ切れはしたが、杉本くんと付き合おうと思ったのは彼の事を失いたくなかったというのも本当だし、彼がβだったからという事も間違いなかった。それにそれを言ってしまえば彼の事を傷つけると分かっていたし、今の俺には二次性なんて関係なく杉本くんだったから付き合いたいと思っていたとしてもあの時はそうと気づいていなかったから。
「もし、もしもね……オレが『Ω』だったら――どうしてました?」
ひゅっと喉が鳴った。
杉本くんがΩ? だとしても俺は……。
ぎゅっと俺の眉間に皺が寄るのを見て杉本くんは慌てて訂正した。
「あっと、今のはナシです。『オレ』が坂口さんの事好きなのはオレの事情で、どんな理由でも付き合えただけでオレは嬉しいし幸せなんです。もしこの先坂口さんに『運命』が現れたとしたら……その時はオレがあなたを勝たせてあげます」
そう言って杉本くんは綺麗に笑った。
『勝たせてあげる』この言葉の意味するところは、俺に『運命』が現れたら潔く身を引くという事だ。杉本くんがβでもΩでも『運命』でないからそうするのだという事だ。
俺はたまらず杉本くんを力の限り抱きしめていた。この腕の中から逃げて行かないように、決して逃がさないように――。
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