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 午後五時を過ぎた頃、父から「さっちゃんとディナー行ってくる」と連絡が入り、夕飯はインスタントラーメンと冷凍餃子で済ませることにした。一人の時はいつも料理の手を抜いている。  だらだらと食事をし、だらだらと風呂に入り、タオルで髪を乾かしながらリビングのテレビをつけた。番組改変期に組み込まれがちな、四時間生放送のクイズ番組がオープニングを迎えるタイミングだった。  五人一組で戦うこのクイズ番組は、レギュラー放送を何度か見たことがあった。『東大チーム』『アイドルチーム』『インテリ芸人チーム』など、なんらかのくくりで組まれたチームでクイズに挑戦し、百万円の賞金獲得を争うというゲームだが、今回は特番ということで、賞金が三百万円に設定されているらしい。  司会を務める大阪出身の大物お笑いコンビのツッコミ担当が、九組のチーム、総勢四十五人の出演者を順に紹介し始めた。今日二本目の缶ビールを冷蔵庫から取り出し、光は食卓に腰を落ちつけて液晶画面をぼんやりと見つめる。  缶のプルタブを手前に引いた瞬間、「えっ」と思わず声が漏れた。  司会者に『俳優チーム』と紹介された面々の中に、陽多の姿があった。 「嘘だろ」  急な仕事だと言っていたが、まさかこの番組に呼ばれていたとは。司会者の口から、「志波くんはね、今日はピンチヒッターということで」と説明が入り、切り替わったカメラに映った陽多が「そうなんです」と軽く頭を下げた。  カメラは再び、司会者の芸人をとらえる。 「この『俳優チーム』には、本来ならば宮田(みやた)朝日(あさひ)くんが出演予定だったんですけれども、体調不良ということで、急遽、志波くんに(すけ)()をお願いした、と。ね、志波くん」 「はい」  カメラが引き、陽多と司会者の芸人が同時に映る。 「ありがとうございます、急なことやったのに」 「いえいえ。こちらこそ、また呼んでもらえて嬉しいです」  二回目やね、と進行役のツッコミ担当が右手の指を二本立てると、ボケ担当の相方が「前回はぐだぐだやったよな」と陽多の恥ずかしい過去を暴露して笑いを誘った。 「え、ほんで?」とボケ担当。「今日は暇やったの?」 「暇……ではなかったです」  暇なわけないやろ、とツッコミ担当の芸人が声を張る。 「忙しいに決まってるやんか。あっちこっちでドラマ出て、映画出て、なぁ?」 「いや、今日はたまたまオフで」 「暇やったんかい!」  スタジオじゅうから笑いが起きる。陽多もつられ笑いであたふたしながら「違うんです」と弁明を始めた。 「家族と食事に出かけていたんですけど、事務所から電話があって」 「『宮田がアカンようになったから行け』って?」  はい、と答え、「せっかくなので、朝日くんより活躍して帰ります」と優等生的なコメントを残して、陽多は話を締めくくった。司会者も「はい、ではよろしくお願いします」と言い、次のチームの紹介へと移った。  陽多が消えた液晶画面を、光はビールの缶を握ったまま呆然と眺めていた。司会者の言葉は耳に届かず、流れゆく映像からも情報はほとんど入ってこない。  頭の中で、数秒前に見た光景が延々とループしていた。  ――家族と食事に出かけていたんですけど。  陽多の放った『家族』という言葉。その中に自分が含まれていることが、現実のものとは思えなかった。  陽多と出かけていたのは、俺。  陽多の言った『家族』とは、俺のこと――。  どうやってもうまく信じられなくて、けれど誇らしさも覚えて、光は缶ビールを口に運んだ。  志波陽多は、俺の弟。  陽多は、俺の。 「弟」  口にすれば、何度でもドキドキする。  決して不快ではない、炭酸泉に浸かっているような心地よい痺れとあたたかさに身をゆだね、光は我知らず笑みをこぼした。  冷えたビールの味が、いつもの何倍もうまいと思えた。
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