燃滓

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焼き捨てて、日記の灰のこれだけか。 火が消えて、その場に残ったちっぽけな灰の山を見ていると、あのつらくてつらくて、地獄の様だとさえ思った3年間が、世間から見たら取るに足らない些細な出来事にすぎないのだということを突きつけられたような気がして、やるせなくなった。 僕の心には、ただむなしさだけがひたすら積もっていった。 こんな思いをするくらいなら燃やさなければよかったとも思ったが、こうでもしなければあの過去と決別することなんてできやしないということは確かなことに思えた。 不安や悩みは文字に書くと楽になるらしい。 どこかで見つけたそんな知識をあてにして、僕は学校で嫌なことがあるたびにノートに自分の感情を吐き出した。 上履きを隠された日。 教科書が落書きだらけになっていた日 給食のカレーにゴミを入れられた日 かばんの中にカエルを入れられた日 体育倉庫に閉じ込められた日 トイレの個室で上から水をかけられた日 腕に煙草の火を押し付けられた日 体中が痣だらけになった日 数年ぶりに開いたノートには、当時の恨みつらみがこれでもかと書き連ねてあった。 ページをめくるたびに、これまで無理やり記憶の彼方に押し沈めていた感情がありありとよみがえってきた。 憎い。 あいつらが憎い。 僕は改めて思った。 この思いはどれだけ時間が過ぎ去ってもきっと消えやしないんだろう。 今になって謝りに来たとしても、いくら慰謝料を払ってこようとも、僕はあいつらを一生許すことはないだろう。 怒りでノートを持つ手が震えていくのがわかった。 そんなに憎んでいるのに、僕が3年間であいつらに対してしたことといえば、このノートに悪口を書くことだけだった。 面と向かっては何も言えず、自分一人しかいないこの部屋で届くことのない呪いをかけ続けることしかできなかった。 そんな自分の弱さが何よりも醜くて、情けなくなった。 そのうち読むのが耐えられなくなって、僕はノートを閉じた。 山のように積まれたノートの一冊すら読み切ることができなかった。 そんな大量のノートも燃えるのは一瞬だった。 火をつけたマッチをノートの山に投げると、白かった紙はみるみるうちに真っ黒になっていき、数分後には片手で掴めるくらいの灰の山だけが残った。 僕はしばらくその場に立ち尽くして、その灰を眺め続けた。 そのうち風が吹いて、灰はどこかへ飛んでいった。 僕の心の奥では、まだ何かが燻ぶったままのように感じた。
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