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ちょうど里香が帰って来た。
里香は松葉杖をついていた。
「ああ、よかった。令、もう帰っちゃったかなと思ってた。」
そう言う里香の目に、うっすら涙がにじんでいた。
俺は里香が夕食を済ませるまで、いっしょにいた。
両親と祖父母は気を利かせたつもりか、どこかへ引き上げていなくなった。
「母さん、何か言ってた?」
「何かって?」
「私のこと・・・」
「ああ心配してるって言ってたよ」
「ねえ、令、また会える?」
「いいけど。一つ教えて。沢田祐希って、君とどういう関係?」
「祐希はいとこよ。母さんの妹の子ども。」
「いとこか。」
「どうして? 私のカレシだと思った?」
「思わないよ。君、カレシなんていたことあるの?」
「まあ、失礼ね。令こそ、カノジョいない歴42年でしょ!」
「痛いこと言うなあ。君の家族って、何でもズバリそのまま、思ったこと言うよなぁ」
「そうなの?よその家族のこと知らないから、よくわからない。」
「俺もそんなに世間を知ってる方じゃないけど。まあ、いいさ。」
「私、お店で初めて令を見た時、ビビッと来たの。」
「またまた~!そういうこと言わないだろ、フツー。」
「だって、そんなにビビッと来たの、生まれて初めてなんですもん。」
「そ・・・それって・・・初恋ってこと?」
「初恋かどうかわからないけど・・・こんなことってあるんだなって、自分でも不思議なくらい。令に惹かれた。」
「いや・・・その・・・大事なこと、軽く言っちゃうんだね。」
「軽く?別に軽く言ってるつもりはないけど。思った通りに伝えてる。」
「あの・・さ・・そういう告白って、普通は何日かよく考えてから意を決して伝えるものじゃないの?」
「えっ?どうして?」
「どうして・・・って。もし、相手がその気になっても自分の発言に責任持てるだろうかとか、いろいろ悩むからさ。俺はね。」
里香は、ハッと何か気づいたように虚空に視線を泳がせた。
「そうなんだ。」
彼女の目には、また光るものがあった。
だが俺はもう、吹っ切れていた。
「ビビッと来たら、その閃きを確信する。5秒で閃いた答えと何か月考えた答えは、そう変わらないと、君たちは信じているんだろう?」
里香は少し怯えたようにうなずいた。
「残念だが、俺はそうした閃きを素直に受け入れられるほど勇敢な人間じゃない。君や君の家族は、そうした特性を最大限に生かし素晴らしい商才を発揮してきたのかもしれない。立派なご家族だと思う。今夜は、ごちそう様。とても楽しかった。」
俺は、そう言って里香と別れた。
玄関まで見送りに出てくれた、ご家族にも丁重にお礼を申し上げた。
使用人の運転手らしき男二人が、俺の車を止めてある場所まで最高級のアウディで送ってくれて、そこから家まで車を運んでくれた。
運転手の一人が、別れ際に
「お堅いお仕事されていらっしゃるようなので、ここだけの話ですが・・・里香さんに関るのは、おやめになった方が無難ですよ。」
と言った。
言った後、彼はそっとシャツの袖をたくし上げた。
薔薇に囲まれた龍が美しく刻まれていた。
完
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