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次の日、朝、ベッドの中で目薬をさしながら、俺は自分の一日の時間に名前をつけてみようと思った。
まず朝の準備の時間。
学校での仕事の時間。
夕食の時間。
親との時間。
一人の時間。
なんというつまらない毎日。
時間に名前をつけてみると、自分の生活のつまらなさが浮き彫りになる。
生活がつまらないということは、人生そのものがつまらんということだ。
俺は不快な気持ちで職場へ向かう。
たいてい誰よりも早く職員室に着き、コーヒーをゆっくり飲みながら新聞を読むというのが俺の日課だ。
自分の家で新聞をとったりコーヒーを淹れるとゴミの始末が面倒だ。
プライベートなゴミは最低限にしたい。
「塩崎先生。毎朝、早いですね。」
教頭のトトロに声を掛けられる。
ふっくらして、のほほんとして、雰囲気がトトロっぽいので教頭は皆にトトロと呼ばれている。
「教頭先生は、何をなさっている時間が一番楽しいですか?」
「そうだなぁ~。眠っている時間かなぁ。」
「眠っている時間?」
「まあ、起きている間は、どこにいても何だかんだ気疲れするからね。」
「お疲れ様です。」
何という答えだ。
眠っている時間が楽しいなら生きている喜びはどこにあるんだ?
俺と同年代の現代国語の藤川明美先生が、俺の向かいの席でコーヒーを飲み始める。
「藤川先生は何をしている時が一番楽しいですか?」
「ふふふ。週末に撮りためたドラマを一気に見るのが今は一番の楽しみかな。普段は子どもの話聞いたり明日の用意したり、夜は忙しくて自分の時間なんか持てないから。」
「お疲れ様です!」
間もなく隣りの席に、24歳の体育教師、沢田祐希がハアハアしながら着席する。
彼は毎朝12キロ離れた自宅からマラソンで通勤しているのだ。
「沢田先生、お疲れ様。先生は何をしてる時間が一番楽しいですか?」
「え?俺?走ってる時間です。走るって最高!塩崎先生もどうですか?いっしょにマラソン大会に出場しませんか?先生の体型はマラソンに向いていると思いますよ。ムダな肉ないし、下半身は結構、筋肉ありますよね?」
「あー まー ムダな肉はないけど。考えようによっちゃムダな時間はあるかもしれん。少し工夫してみるか・・・」
「やったー 嬉しいな!実は今年のモエル沼マラソンの申し込み始まったんですよ。俺は今朝申し込みしましたが先生の分も申し込んでおきますね。」
「おい!時間を工夫するとは言ったがマラソンするなんて言ってないだろ。」
「ノリですって、ノリ!ふと心によぎった思いは何日考えても結局、同じ結論に至るものです。考えるだけ時間のムダ。さあ、そうと決まったら早速申し込んでおきます。任せて下さい。その日まで、しっかり走れるように俺、全力でサポートしますから。」
彼がまた『ファーストチェス理論』と同じようなことを言っている。
俺は、マラソンなんてまるで興味がなかった。
日焼けして肌が黒くなるのはイヤだ。
ストイックに身体を鍛えるとか趣味じゃない。
だが最近、若い時に比べて代謝が落ちてきた実感はある。
多少無理して遅くまで仕事すると、次の日がつらい。
食欲もなく、何を見ても聞いても感動しない。
やりたいことがなく、生活がつまらない。
このままダラダラと無駄に歳をとっていくのは不愉快だ。
この際、ノリで、陽気な沢田先生の誘いにノってみるのも悪くないかもしれん。
「じゃあ まあ 頼むよ。俺 マジ マラソンなんて高校以来やったことないよ。」
「大丈夫です。任せて下さい。膝痛めないように脚の筋肉バランスを整えながら少しずつ肉体改造していきましょう。仕事中でもコツをつかめば筋肉は鍛えられます。初めの大会は参加することに意義があるんです。完走するとか速く走る必要はないです。ただ、コレをきっかけに若返ると決意することは重要です!走ることは同時に時間を逆走することでもあるんですよ。」
「時間を逆走する?」
「そうです。ノロノロとジワジワと進む老化を食い止め、走ることでむしろ若返りを図るのです。塩崎先生、まだまだ捨てたものじゃありませんて。これからですよ。人生、百花繚乱花盛りをいっしょに楽しみましょう!」
「ふ〜ん?よくわからんが沢田先生に任せてみるか。よろしくお願いします。」
「やった〜!俺なんだか ワクワクすっぞ!」
「悟空か!」
「あははは・・」
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