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その日の一時限は、俺も沢田先生も、たまたま授業がなかった。
俺は沢田先生に体育館に連れ出され、マラソンの訓練を始める準備として姿勢や歩き方のチェックを受ける。
「塩崎先生は外股気味ですね。まず一つ目の宿題。歩く時にも立つ時にも必ず膝と足の親指の向きが身体の正面を向くように気をつけて下さい。」
そう言われて気をつけて歩いてみると、それは思ったより難しいことだった。
「そうしなければ膝を傷めるんです。」
確かに沢田先生の膝やつま先の向きは身体に対し真っ直ぐである。
「できるだろうか?」
「毎日気をつけていれば半月くらいで改善されるでしょう。忘れるといけないので、あと二つ宿題を出します。宿題は簡単だと忘れやすいんです。3つくらいある方が意外と忘れないものです。」
「そんなもんかな?」
「そんなもんです。二つ目の宿題は、ヘソから歩くことです。歩く姿勢が猫背にならないよう、必ずヘソが一番先頭を切るつもりで歩いて下さい。」
「こんな感じ?」
「ああ、いいですね。パリコレのモデルになったつもりで颯爽と胸を張って歩くのです。」
「なるほど。そうすると気分も上がるな。」
「3つ目の宿題です。授業中など立つ時間がある時、それとなく片足で立つ訓練です。足の親指の付け根、小指の付け根、そして踵。この3点がしっかり大地を捉えていればグラつきません。初めは1秒でもいいです。そのうち1分位は平気で片足立ちができるようになります。」
「おお・・・思ったより難しいな。」
「小指側の支点が弱いかもしれません。この時にも、ヘソが身体の先頭にあることを意識します。そうすることで脚が真っ直ぐ伸びて上半身が安定します。」
「確かに背筋がピンとなると片足でも安定するな。」
「飲み込み早いですね。この3つの宿題をしっかり守って、夕方、6時には職員室に必ず戻って来てください。マラソンの練習に必要な靴やウェアの話をします。」
「わかりました。沢田先生、ありがとうございます。さっそく今日から宿題をがんばってみます。」
俺は頭の中で想像してみた。
時間に名前をつけるという発想を進化させるのだ。
『仕事の時間』という名前の時間に『若返り訓練の時間』を密かに重ねる。
母じゃないが、時間に名前をつけようと言う発想を持つだけで、一日の時間が濃厚に使えそうな気がしてくる。
その日、俺はさり気なく一日中、3つの宿題を意識しながら仕事してみた。
誰にも内緒で姿勢を正す、というだけのことなのに、妙に気恥ずかしくワクワクした。
夕方になると緊張の連続からか足腰が疲れ、若干のダルさすら感じていた。
頭の中で妄想してみた。
もし若返ったら何がしたいか。
若い頃にやり残したことって何だろう?
意外に、その答えは簡単には見つからなかった。
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