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駅改札が見えてきたのに、足が止まった。化粧品を買いに行こうと思っていたからだ。
ドラッグストアに寄ってから自宅へ帰ろうと踵を返す。
しかしその足も数歩進んだだけで再度止まった。
「…不破、マネージャー」
ちょうど前方に柊を視界に捉えたからだ。柊はジャケットを脱いでいるようでワイシャツ姿で琴葉に向かってくる。
自分に気づいているのかわからずに目を細めながら焦点を当てる。やはりこちらに向かってきている気がして彼から逃げようと改札に向かって走る。
「お前、勝手に帰るな」
「…っわ、」
「逃げる気か」
が、すぐに背後から腕を掴まれて強制的に足が止まった。琴葉はうんざりした顔を隠すことなく180センチ以上ある柊を見上げる。
「疲れているので、帰ります」
「腕時計取りに来いといっただろ」
「それ会社に持ってきてください。こっそり受け取ります」
「嫌だね。いいから来い」
「…あの!普段は上司かもしれませんが、今はプライベートです。不破さんも今は“マネージャー”じゃないので拒否権はあるはずです」
威圧的な雰囲気を纏う柊に向かって勢いよく捲し立てる。
勤務時間は終わった。柊はただの一人の男性で上司ではない。彼の言うことを聞く必要はないのだ。
それでも柊の鋭い眼光に睨まれ、怖気づいてしまいそうになるのをぐっと耐え、彼を睨むように見る。
「その通りだ」
柊の言葉に一瞬琴葉の表情が緩む。が、それも一瞬だった。
「俺はお前の上司としてではなく、一人の男としてお前を誘ってるんだよ」
「…っ」
「ほら、行くぞ」
心臓が、ドキッと大きく跳ねるのを自覚しながら呆然とする琴葉の手首を掴み、柊が歩き出す。
反則だ、“一人の男として“誘うとはどういう意味だろう。
恋愛偏差値の低すぎる琴葉にとっては全てが想定外だ。狼狽する感情を顔に出したまま、フラフラと歩く。
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