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「こちらもお似合いですね!」
目を輝かせるようにそう言った女性に「ありがとうございます」というとすぐに柊が琴葉の顔を覗き込む。
「こっちの方がいいな」
「あら!じゃあこっちにしましょうか」
「…はい」
弾んだ声に流されるようにして頷いた。本当は柊が選んだ口紅を買うことは癪だった。
それでも、“こっちの方がいい”と誰かにアドバイスをされた経験のない琴葉にとってそれは少しばかりの嬉しさを胸に運ぶ。
「お支払いは…―」
「あ、えっとカードで」
相当な額になりそうだがここまでメイクを施してもらいながら購入しませんとは言えなかったし、普段とは違う自分を見てみたいという欲求もあって購入することにした。
しかし、すかさず柊がカードを女性に差し出す。
「これで」
「かしこまりました」
「不破さん!いいですって…私が、」
「いいんだよ。これ買ったら三階に行くぞ」
「…え?」
「案内カウンターに聞いたら女性ものの下着は三階にあるらしい」
「……」
笑顔を崩さずに柊からカードを受け取るとそのままどこかへ消えてしまう女性の背中を見ながら柊の言葉を反芻してみる。
下着、下着?
下着とは…?
固まったまま、瞳をしばたたかせて柊を見上げる。
「なんだよ」
「…下着って」
「今日替えの下着、持ってきてないだろ。ブラウスもあれば買っていくか」
「何を言って…」
「お待たせしましたー!」
美容部員の女性が軽やかな声を響かせて柊に近づく。カードと明細を彼に手渡すと既にまとめられていた化粧品の入った紙袋を手にして「お出口まで」というので促されるようにカウンターを出る。
「ありがとうございました。また何かあればいらしてくださいね」
「ありがとうございました…」
化粧品売り場を出ると、出口へ向かうのではなく柊はエスカレーターで上の階へ行く。やはり先ほどの“下着を買う”というのは本当だったらしい。
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