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茂森はちょっと泣きそうで、だけど精一杯、明るい声を振り絞った。
「あきちゃん、俺が何年片思いしてるか知ってるの?……ずっとあきちゃんだけを見てきたんだ。些細な変化ぐらい、わかるよ」
「……ごめん」
「いいよ、とは言わないよ!許してもやらないし、祝福もしない」
「うん……」
茂森の心の泣き声が聞こえてきそうだ。俺が廉也さんを選んだこと、茂森なりに気がついてたんだ。俺は頭を下げる。何度も謝った。
「茂森、ごめんな。俺は、廉也さんが好きだ」
「うん、知ってるよ。神城さんが来てるんだろ。呼んでよ」
え、と驚いた。
「あきちゃん、聞こえてる?神城さんを呼んで?」
「わ……っかた」
ほんとにいいのか?スマホを取り出す。廉也さんに電話をかけた。
「……廉也さん、すぐにでも来るってさ」
「うん、わかった」
その間、茂森は芝生を見たり、俺とは目も合わさない。ソワソワする。しばらくして……。
「お待たせ」
廉也さんの登場だ。茂森は、なにを言うつもりなんだろう。
「ごめんね、少し迷った」
「いえ、あきちゃんに無理を言いました。今日は応援に来てくれて、ありがとうございました!」
「試合は、前半も後半も君たちの高校がリードしていて、最高のプレーだった。おめでとう」
「ありがとうございます。次も勝ちます」
茂森は強い意志を込めて、答える。俺はハラハラドキドキものだ。恨み節か、文句か?それは予想外のセリフだった。
「神城さん、あきちゃんのこと、よろしくお願いします」
いきなり茂森は頭を下げたのだ。驚いたのは俺と廉也さんの方。心なしか、茂森の肩が震えている。
「ずっと、ずっとあきちゃんが好きでした。簡単に忘れるのは無理だけど。俺が意地になってあきちゃんが哀しむより、やっぱあきちゃんは怒ったり、笑ったりしてる方がいい。……時間はかかるけど、いつかは……。ちゃんと祝福できるかな、と思います」
それは茂森なりの優しさと、男のプライドみたいなものを感じた。……茂森っ……。
「ごめん、茂森……っ」
「あきちゃんが泣いてどうすんだよ?ほら、俺はいいからさ。次も応援に来てよ」
「うん、必ず行く」
「あきちゃんに泣かれるのが1番、堪えるんだ……」
俺の肩に手を回した廉也さんが胸元に引き寄せる。
「わかった、茂森くん。木城くんが不安にならないよう、しっかり支え、彼を守るよ。君はとても優しくて強い子だ。周りを気遣える。本当は、俺が負けてもおかしくはなかった。君の想いを無駄にはしない」
「もっとどっしり構えてよ。あきちゃんが選んだのは、神城さんだよ?……俺も可愛い彼女、探すか~!将来はプロサッカー選手になる。夢はJリーガー、海外で活躍する選手になりたいんだ!あきちゃんが悔しがるような、いい男になるよ。後悔しても遅いよ?」
「茂っ、しげもりっ。お前ならなれるっ」
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだった。そんな俺を見て茂森は吹き出した。
「じゃあね、あきちゃん!そろそろみんなの所に戻るよ!」
茂森はペーパーバッグを持って、とびっきりの笑顔を見せた。たぶん、無理をしている。俺も笑顔にならなきゃ。
「うん、またな!次も必ず試合に駆けつける!」
茂森は背中を向け、走り出した。いつの間に、あんなに背中が大きくなってたんだ。大人に成長していた。茂森の背中が視界から消えるまで、俺と廉也さんはしばらく裏庭でいたのだが。
「今日は、このあとのデートはやめよう。君を家まで送り届けるよ」
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