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「こんばんは」
固まった。
全身が金縛りにあったかのように固まった。
かみ、かみ……。
―――かみさま!?
一般ピーポーとは違う煌めきはトップクラスに君臨する光り輝くオーラを放っていた。
その麗しい堂々とした態度に唖然としてしまう。
眩し過ぎる。
感嘆する俺とは対照的に、茂森の視線は冷ややかになってゆく。
「君たち新しく入ったバイトの子?よろしくね」
スッと差し出された綺麗な手。
握ってもいいのだろうか?
まごついている俺の隣で茂森がサッと手を差し出す。
「はい!正式には明日からバイトに入る茂森尚と申します!よろしくお願いします!」
神城さんと握手を交わしてた。
神城さんは一瞬呆気に取られたものの、さすが大人だ。営業スマイルを浮かべる。
「こちらこそよろしく。仕事、頑張ってね」
あの茂森に怒らないなんて!
感心したね、神城さんの懐のでかさに。
茂森は神城さんがスタンバイに入ってからなんと。
「あはは、大したことないじゃん~、げーのーじんなんてさ!」、と神城さんと握手を交わした手で鼻糞をホジッていたのだ。
お前、ある意味スゲーよ。
俺なんか芸能人オーラに完全に押されていたと言うのに。
チラリ、とスタジオ入りした神城さんの仕事振りを眺めてみれば完璧だよなぁ、そつがない。
仕事が出来る男性として、一発で惚れそうだ。
あ~あ。
なぜあんないーかげんで働かない男が俺の親なのだろう。
茂森の父ちゃんの役職は課長さんなのにさ。ゆくゆくは部長さんかな。この時は運命を呪ったよ。
バイトの時間もいよいよ終わりに近づき、もう8時。
さて帰るか。
帰り支度を始めた。
うん?あれ、おいおい!
「茂森?お前まで帰り支度?」
「今日は覗きに来ただけなんだ。明日はきちんと働くよ」、と言うことは───!
それ以上はなにも考えたくなかったので、無理矢理思考回路をストップさせた。
「木城くん、お疲れ様!走ってどうしたの?」
「山本さん、お先です!さよーなら!」
「あきちゃん、はやっ」
追いかけてくる茂森を振り切るかのように自然と足早となる。家が隣近所なんだ、学校で顔合わせるだけでも嫌なのに。
バイト先が同じ、その上帰りまで一緒だなんて勘弁してくれよ。
俺達がスタジオを去ったあと神城さんは休憩に入り、メーク担当の女性スタッフと会話を交わしていたのだけど。
◆◆◆◆◆
帰り道。
茂森から離れたいと、それだけを願うばかりだった―――。
前だけしか見てなくて、早く家へ帰る事しか頭の中になかったんだ。
「あきちゃん!」
不意に掴まれた腕。
日頃サッカー部で身体を鍛えている茂森が追いつくのは容易な事だった。
振り返った俺は茂森を睨み付ける。
「離せよ、しげ…」
「あきちゃん、下!」
え?
下?
そこには『注意!セメント塗り立て』の看板が立っていた。あ、もしかして。
「もう少しで踏むところだったよ?」
「────……!」
茂森はちゃんと周りを見ている。けど俺は言わないよ。素直にお礼など絶対に言わない。
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