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程なくして公演が始まった。
舞台の上に演者たちが勢揃いして、団長らしき人が一歩前に出て深々とお辞儀をした。
わずかな間を置いて、後ろにいるもの一同も、深く腰を折る。
団長の口が動いて、何か挨拶をした。
観覧席にいるロレーユからは、その唇の動きだけでは、言葉の内容まではわからなかった。
しばらくして、もう一度一同が深々とお辞儀をして、盛大な拍手が送られた。
パチパチと手を打ち合わせる音はロレーユには聞こえないが、狭く閉じられた空間では、歓迎の意思に震わされた空気の振動が、体全体で感じられた。
ロレーユは音は聞けないが、歌や楽器の演奏の中には、空気の震えを感じとることによって、その内容をなんとなく理解できるものがある。
振動によって曲の情景を理解し、雪解けに木の芽が芽吹く、たくましい生命の息吹であるとか、秋の夕暮れに黄昏れた、しがない男やもめの寂しい背中などが、彼の脳裏に浮かんでくることがあった。
だが、離れていてもそれを感じ取れる演奏は稀で、通常は楽器に指をつけて振動を感じとることが必要だった。
その方法であれば、彼にも音楽を楽しむということができた。
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