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五夜
「この季節になると、ばあちゃんは思い出すんだ。聞いておいてくれね、昌弥」
「うん」
いつもふざけているばあちゃんだけれど、そればかりじゃないこともある。
「ばあちゃんがまだ学校にも通っていなかった頃だよ。近所に、よく遊んでくれるヒサオ君っていう子がいたんだ。その日は朝から暑くってね。ばあちゃんたちは川遊びをしてた。ヒサオ君は泳ぎが得意な子だったよ。キュウリが大好きで」
「ねえ、ばあちゃん。ヒサオ君ってカッパ?」
「ヒトだったよ、たぶん」
ついオチを探そうとしてしまったが、ばあちゃんといればどうしてもこうなる。
「泳いでるうちに身体が冷えてきた。川の水は冷たいからね。ヒサオくんはばあちゃんの手を取って、とっておきの場所に連れて行ってくれたんだよ。大きな栗の木にぽっかり空いた穴でね。木と草の匂いがして、とっても気持ちがよかった。ばあちゃんはいつの間にか眠ってた。しばらくしたら急にバッと光った。聞いたことのないような大きな音がして、すごく強い熱い風が吹いてきたんだ。ばあちゃんはヒサオ君にしがみついたんだよ。大丈夫、怖くないよ、ってヒサオ君がいってくれたから、ばあちゃんは安心してまた眠ってしまった……」
ばあちゃんの言葉がとぎれてしまったから、僕はそっとばあちゃんを見た。
寝ている。
「ばあちゃん……」
声をかけると、ばあちゃんはどこか悲しそうな目で僕を見た。
「大人たちがばあちゃんを探しにきてくれてね。よく生きててくれたって、いつもは厳しい父ちゃん、ああ、昌弥のひいじいちゃんね。ひいじいちゃんがばあちゃんを痛いくらいにぎゅっと抱いてくれた」
「ヒサオ君は?」
「ヒサオ君はいなかった」
「どういうこと?」
「はじめっからヒサオ君って子はいなかったんだよ、ばあちゃんたちの村にはね」
「じゃあ、誰なんだろう?」
「ばあちゃんがヒサオ君と一緒にいたはずの所には大きな栗の木はなくてね。あったのは、焦げて裂けたまだ若い栗の木だったそうだ。子どもでも二人で入れるような場所はどこにもなかった」
「ヒサオ君がばあちゃんを助けてくれたの?」
ばあちゃんがなにもいわずに頷きながら、涙のあふれてきた僕の頬を手でぬぐってくれた。
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