病状と駱駝

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「……花咲先生?」  呼ばれて、老婆はむっくりとこちらを見て微笑んだ。目元に刻まれた笑い皺は、やはり、私が小学生時代お世話になった担任の花咲先生のそのものだった。 「須藤くん、大きくなったわね。一人旅?」  久しぶりの再会であるのに、先生はあの頃と変わらぬゆったりした口調で私に問いかけた。 「ああ、はい、ええ、まぁ」  久しぶり再会の喜びと興奮か、それとも先生が当時と全く変わらない出立ちをしているという驚きか。  心境も冷めぬまま、私は首を大きく振って頷いた。 「そうなの、では私もお供していいかしら。私もこっちへ行くのよ」  先生は、ようやく到着した各駅停車の電車を指さした。  私は「はい」と頷いて、二人でそれへと乗り込んだ。 ✳︎ 「須藤くんの書いたお話、私好きだったわ」  無人駅を三駅通り過ぎたところで、花咲先生は唐突にそんなことを言った。  先生がいう〝お話〟が、何の事だか考えずともすぐにわかった。  小学校の夏休みの宿題で書いた駱駝(らくだ)の話だ。  小さくて弱々しい駱駝が砂漠でキャラバンから逸れてしまって、けれど、やがてオアシスにたどり着いて、他の動物たちと幸せにくらす、という単純な内容のであったが、先生が褒めてくれたことは今でもよく覚えている。 「でも、物語なんてもう書けないですよ」 「あら、どうして?」 「私にはもう、自分がないので」  言いながら、呆然とゆっくり過ぎてゆく車窓を眺める。  水が抜かれた田んぼに、腐りかけの木造民家が数軒。そんな、辺鄙(へんぴ)な風景を眺めて居る内に、私はある事に気がついた。
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