病状と駱駝

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 自分をなくしてしまって探して居る。  真新しいスーツや制服に身を包んだまっさらな人間たちがならぶホームとは反対のホームに立って、私は一人、携帯電話の真っ暗な画面に映る下方からの自分の不細工な顔を見つめていた。  それは、病欠で有給休暇を90日使い切った朝のことで、職場に退職届を出してきた次の日のことだった。  前日まで、私は国語教師だった。  昇任して学年主任になりたいだとか、より多くの生徒の成長を見守りたいだとか、そういったガッツのあるタイプではなかったけれど、私は、本当は教師を辞めたくはなかった。  ただ、単純に生徒たちが紡ぐ文章に触れるのが好きだった。  私はよく、生徒たちに作文や感想文、オリジナルの物語を創る、という課題を出した(今思えば嫌がっていた生徒が大半だっただろうが)。  けれど、あれらは実をいうと、原稿用紙の使い方に乗っ取っていて、漢字や言葉遣いがだいたい合っていれば、丸だったのだ。  去年の夏頃、野良猫を手名付けて、猫の皮のソファーを作るという内容の短編を提出した生徒にも私は、Sの評価を付けてやった。  それが、きちんと〝自分〟で作った物語だったからだ。  〝自分〟で創ること。それが、私が一番重視していた点だった。  私が思うに、何事においても〝自分〟で物語を紡ぐことが一番難しく、面白いものだからだ。  携帯の画面に見飽きて、私はふと顔を上げた。  いつの間にか、私の隣には老婆が立っていた。  年は60か70程、麻の生地の紫色のスーツを着て、耳に大きな真珠のネックレスを付けた洒落た格好をしていた。  その老婆を見て居るうちに私は、あっと思った。
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