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「ご苦労様です。どうぞ、お入り下さい……」
あまりの拍子抜けにビックリした僕と美桜は、目を大きく剥いて向き合って呆然とする。
「えっ? どうなってんだ?」
「こんな簡単に入れて貰って良いのかしら?」
その声と同時に手をかざしていた扉が軽くなると、ギギギギィィィと軋むような音を立てゆっくりと開く。
余り大きく開けて誰かに見つかってはマズイ、身体が擦り抜けれる程度隙間が開くと押す手のチカラを緩めた。
「お、お邪魔します……」
忍び込むように中に入ると、そこに広がる光景に僕と美桜は言葉を失った。
満月の月明りに照らされた、名も知らぬ数十種類の色彩鮮やかな花たちが自らを誇張するように咲き誇り、同じく美しい羽根を広げた夜行性の鳥たちが自由に飛び交う其処は……まるで楽園。
整然と手入れが施された燦爛たる庭園の遥か向こうに、目を見張るほど豪華な白亜の宮殿が建っている……のだが。
それに至る眼前に、どう見ても不似合いな断崖絶壁が邪魔をする。
宮殿への到達を阻むかのように大きく横に広がる穴は、ちょっとした湖ひとつ分ほどありそうで、もちろん簡単に飛び越えられる距離では無かった。
穴に沿って迂回しさえすれば差程問題は無いのだが、それはそれで結構な距離である。少しでも先を急ぎ、宮殿へ到達したいと逸る僕たちに水をさすものだった。
「奈落……」
吸い込まれそうな穴を不安そうに覗き込んだ美桜が呟いた。
なるほど、奈落とは言い得て妙。
この楽園を極楽浄土と喩えたなら、到底似つかない魑魅魍魎が這い出して来そうなその穴は、覗くだけで気絶しそうなほど暗く、そして不気味なほど底知れず……正に地獄を表す奈落と呼ぶに相応しいものだった。
「ん……どうかした? 美桜?」
穴の底を探るかのように目を凝らす美桜に声を掛けた。
「ううん、何でもないわ」
「こんな穴、落ちたらひとたまりもないな……。考えただけで身震いするよ」
言葉の通り僕は身体をブルっと震わせた。
こんもりと盛り上がった穴の淵に恐る恐る並んで立つと、奥底から微かな風が吹き上げて美桜の長い髪を揺らした。
シーンと静まり返った辺りに、ヒューっと風の音だけ。
鳥たちはそんな僕たちの様子を窺うように頭上を優雅に旋回する。
あの鳥のような翼があったなら……今すぐ美桜を抱えて宮殿まで飛んで行くのに……。
この楽園に敵の影は全く見受けられず、ただ静かにそして緩やかに時が過ぎる。
心臓が口から出そうなほど走り続け、傷だらけになるほど戦っていた僕たちふたりに訪れた束の間の休息。
生命を継ぐ者の存在意義、人間になる為の最終目標地である子宮は……もうすぐ目の前にあった。
――あとは、ふたりで。
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