お別れのプロローグ

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「黙ってたら怪しまれて、さっきのヤツら呼ばれるぞ。美桜、早く何か言わないと……でも何て言う?」 「どぉーもーぉ……新聞の勧誘に来ましたぁ。今なら洗剤と話題のアクション映画『ハーミデーター』のチケットが付いてきますよぉ……じゃあ、ダメかしら? もしかしたら開けてくれるんじゃない? その隙に……」 「今どき新聞なんて誰が取るんだよ、それに何だその映画……僕なら迷わず門前払いだ! それに真剣にやれよ?」 「真剣に決まってるじゃない!」 「どこがだよっ」  あまり言葉に詰まって沈黙が続いても不審がられるだけだが、返す適当な言葉が本当に見当たらない。 「もう、とにかく此処は素直が一番よ……。人間になる為にやって来ましたーっ、どうか開けて中に入れて貰えませんかー? よろしくお願いしまーす……で良いんじゃない?」 「良い訳ないだろーっ。じゃあ何で今までこんな死にそうな目に合わなきゃいけないんだよ? あぁ、それは素敵な目的を持ちですね? 遠い所からご苦労様です、さぁさぁ、狭い所ですが上がってお茶でもどうぞ……って通してくれるとでも思ってるのかよ」 「そうかしら……? 見て? 狭くは無いと思うわよ?」 「そこじゃないだろっ!」 「だってぇ……ほかに何て言うのよぉ」 「だってじゃないっ!」  扉の向こうの相手は黙ったまま、無駄に時間だけが経過する。 「…………」  いよいよ沈黙の間合いに痺れを切らしたのか、扉の向こうの女性は唯一開かれた対話の窓口を閉めようとした。 「おかしいわね? 誰もいないみたい……間違いかしら?」  マズイ! このままでは切られてしまう。ええぃ……もう、どうにでもなれ! 「あのーっ、すみません……クロタマジャクシの宅急便です。お荷物をお届けに参りました、卵子様の御自宅はこちらでしょうか?」  考える間も無く思いつくまま口走るまま。新聞の勧誘よりは少しはマシだが、よく突拍子もなく平気でこんな嘘がつけたもんだ……。  この先起こるかも知れない展開の不安と若干の恥ずかしさが入り乱れ、顔から耳たぶまでカーッと熱くなって汗が一斉に噴き出した。 「クロタマジャクシったら、寛人のバイト先だったところじゃない?」 「うん……咄嗟に寛人の顔が浮かんできて、急にあんなこと言っちゃったけど……。何だろうこの胸騒ぎに似た不思議な感じ」 「アイツ、無事かしら……」  残して来た寛人の身を案じてみたが、その後の顛末を知る術は無く憂わしげな表情を浮かべる  しかし、そんな僕たちに壁の向こうから返ってきた回答は、予想を根底から覆す意外なものだった。
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