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般若心経
男子と付き合った経験のない礼奈には、その新しく芽生えた気持ちが、何なのかを理解するのに時間が掛かっていた。
(何だろう。どうしても甚助の姿を追っちゃう。かといって、喋ろうとすると、なぜかうまくしゃべれなくなっちゃった)
礼奈は、授業中にも拘らず、数学そっちのけで自分自身と向き合っていた。
(恐らく、私の心が動揺しているのは、あの男が河森みたいに私を誘惑して、かどわかしているからだわ。いわば、邪念の源。消し去りたいけど、今はまだ、手裏剣術を学ぶためには我慢……)
こんな時、どうすればいいのか。礼奈は必死に、祖父の教えを思い出していた。
ー剣術の極意はな、泰然自若、明鏡止水じゃ。その境地に至れば、即ち、剣を振れば人は倒れるのじゃ。
(泰然自若……。そうだわ、自分らしさを見失うことなく、どんなことがあっても慌てず冷静にしていれば、泰然自若の境地に至るんだ。そして、精神を落ち着かせて、沢村甚助という邪念を打ち払えば、明鏡止水の境地!)
ー心が動揺した時は、般若心経を唱えよ。
礼奈は一人、うなずいた。
(よし、般若心経だ。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子……)
般若心経を全力で唱え続けた。
3回唱え終えた後、ようやく心が落ち着いてきた。
(あいつとは、素っ気なく、事務的な対応をしよう)
この一風変わった骨董品の様な女子は、ツンデレの「ツンツン」だけで押し通そうと誓った。
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