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欅が両端に立ち並ぶ階段を上がって行く、昼間は木陰になって歩きやすい路だけど、夜は何処となく不気味な雰囲気を醸し出している。外灯はあるけど、欅が灯りの陰になり薄暗い。足下もはっきりしないため、ここではいつも目線が下になる。だから、気づかなかった。
目線を上げるとマンションの裏口門前に人影が見えた。マンションの住人でこの裏口を使う人はいるのだろうけど、きっとそんなに多くないはず。だって、この階段で今まで人に会ったことはない。
「詩音」
闇の中で人影に名前を呼ばれて一瞬ドキッとしたが、直ぐに声の持ち主がわかった。聴き慣れた声。
私は慌てずに階段を一段、一段上がって行く。
別にアイツに気を使う必要はない。
そもそも何でこんな時間にいるの?
門の近くまで来ると、門の鍵穴を照らす為の照明があり、少し明るい。
昼間と同じ黒のシャツを着た背の高い色白の痩せ型が立っている。
「流斗、何の用?」
私は門に鍵を挿しながら言う。
「詩音、遅かったなあ。せっかくたこ焼き買ってきたのに冷えるだろう」
そう言いながら、流斗の額に少しだけ汗が浮かび上がっている。
「こんな真夏なのに冷えるわけないじゃない。それよりも、もうすぐ11時だよ?電車無くなるんじゃない?」
流斗は私の問いに答えず、私の後に続いて門の中に入って来た。
「ほら、早く駅行かないと。たこ焼きありがとう」
私は流斗の右手にあるビニール袋を持とうとしたら、流斗はそのビニール袋を持ち上げて、私が掴むのを拒んだ。
「たこ焼き食べてから帰るよ。ほら、詩音早く部屋行こう」
流斗はエレベーターホールへと向かった。
私は嫌な予感が的中していないことを望んで、スマートフォンの乗り換えアプリを開いた。
私と流斗の実家があるのは神奈川県の端の端。ここからの終電時間を検索すると、23時17分が表示された。つまり、今私が上ってきた階段の下にある駅から23時17分の電車に乗らないと、流斗は私達の実家の最寄駅には辿り着けない。
あと、12分しかない。
「ねえ、流斗最終電車間に合わなくなっちゃうよ。やっぱりもう帰った方が良いよ」
私はエレベーターの中で流斗に訴える。だけど流斗はエレベーターが18階に到着するや否やエレベーターから飛び出し、私の住んでいる部屋へと向かった。
相変わらず身勝手なヤツだ。
私はもう諦め気味にドアノブに鍵を挿して、マンションの部屋の扉を開けた。
「お邪魔しまーす」
そう言いながらも流斗はまるで自分の家かのように電気をつけ、エアコンのスイッチを付け、冷蔵庫の中を漁り始めた。
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