I

9/17
前へ
/67ページ
次へ
 欅が両端に立ち並ぶ階段を上がって行く、昼間は木陰になって歩きやすい路だけど、夜は何処となく不気味な雰囲気を醸し出している。外灯はあるけど、欅が灯りの陰になり薄暗い。足下もはっきりしないため、ここではいつも目線が下になる。だから、気づかなかった。  目線を上げるとマンションの裏口門前に人影が見えた。マンションの住人でこの裏口を使う人はいるのだろうけど、きっとそんなに多くないはず。だって、この階段で今まで人に会ったことはない。  「詩音」  闇の中で人影に名前を呼ばれて一瞬ドキッとしたが、直ぐに声の持ち主がわかった。聴き慣れた声。  私は慌てずに階段を一段、一段上がって行く。  別にアイツに気を使う必要はない。  そもそも何でこんな時間にいるの?  門の近くまで来ると、門の鍵穴を照らす為の照明があり、少し明るい。  昼間と同じ黒のシャツを着た背の高い色白の痩せ型が立っている。  「流斗、何の用?」  私は門に鍵を挿しながら言う。  「詩音、遅かったなあ。せっかくたこ焼き買ってきたのに冷えるだろう」  そう言いながら、流斗の額に少しだけ汗が浮かび上がっている。  「こんな真夏なのに冷えるわけないじゃない。それよりも、もうすぐ11時だよ?電車無くなるんじゃない?」  流斗は私の問いに答えず、私の後に続いて門の中に入って来た。  「ほら、早く駅行かないと。たこ焼きありがとう」  私は流斗の右手にあるビニール袋を持とうとしたら、流斗はそのビニール袋を持ち上げて、私が掴むのを拒んだ。  「たこ焼き食べてから帰るよ。ほら、詩音早く部屋行こう」  流斗はエレベーターホールへと向かった。  私は嫌な予感が的中していないことを望んで、スマートフォンの乗り換えアプリを開いた。  私と流斗の実家があるのは神奈川県の端の端。ここからの終電時間を検索すると、23時17分が表示された。つまり、今私が上ってきた階段の下にある駅から23時17分の電車に乗らないと、流斗は私達の実家の最寄駅には辿り着けない。  あと、12分しかない。  「ねえ、流斗最終電車間に合わなくなっちゃうよ。やっぱりもう帰った方が良いよ」  私はエレベーターの中で流斗に訴える。だけど流斗はエレベーターが18階に到着するや否やエレベーターから飛び出し、私の住んでいる部屋へと向かった。  相変わらず身勝手なヤツだ。  私はもう諦め気味にドアノブに鍵を挿して、マンションの部屋の扉を開けた。  「お邪魔しまーす」  そう言いながらも流斗はまるで自分の家かのように電気をつけ、エアコンのスイッチを付け、冷蔵庫の中を漁り始めた。        
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加