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私は眉間に皺を寄せながら流斗を問い詰める。
流斗は私の顔を見て、一瞬何か言いたそうな顔をしたけど、何も言わずに目を逸らして、ビールを口へと運んだ。
「ねえ、何で切ったの?何か聞かれちゃいけないような相手?」
私はもう一度訊く。
すると、流斗の表情が変わった。
急に冷たい目を私に向ける。
「詩音には関係ないことだろ?」
そう、関係ないことだってわかってるよ。流斗が誰と付き合おうが私には関係ない。今までだって流斗は何人もの彼女が居たけど、彼の恋愛話に私が口を挟んだことは一度もない。
でも、今回は違う。
三奈木先生は結婚していて、夫がいる。それはつまり流斗が三奈木先生と付き合うことによって悲しむ人がいるってことだよね?流斗はそれで良いの?お母さんのことはもう良いの?
「ねえ、流斗……」
私は開きかけた口を噤んだ。
まだお母さんのことには触れてはいけない気がした。
「詩音、ソファ借りるな」
そう言って流斗はソファで横になった。顔にタオルを掛けて、あたかも私と話はしたくないと言っているよう。
私もベッドで横になった。
仕切りのないワンルームのマンション。
子供の頃は実家の狭い部屋で二人で夜中までゲームして、一緒のベッドで寝ても何とも思わなかった……だけど今は何だか居心地が悪い……
やっぱり流斗とは何となく疎遠になりたい。
目を強く閉じて眠りを待つ。
少し離れたソファからは寝息は聞こえてこない。
流斗は寝れたのだろうか?
閉じていた目を開けて、天井を見上げ、再び目を閉じる。繰り返している内に私は眠りについた。
浅い眠りの中、夢を見ているのか、それとも思い出しているだけなのか判断が付かない。
小川のせせらぎが微かに聴こえるだけの静かな道。
子供の頃から知り尽くしている住宅街。大きめの家が立ち並ぶ横を小川が流れている。
森ノ宮中学校に入ってから何も良いことがなかった私にとっては家が近づいていることを知らせる小川のせせらぎは心地良かった。
角の赤い屋根の家を曲がって直ぐの所に私の家がある。その隣が流斗の家だ。
中学二年の終わり、桜が咲き始める頃、進路相談で遅くなったこの日、私は急ぎ足であの角を曲がった。
目に飛び込んで来たのは流斗の後姿。
流斗は家の前の道路に立ち尽くしている。
泣いている……
顔を見ていないのに、流斗の泣いている姿が背中越しに見えた。
「流斗……」
この頃の私達は小学校の時みたいにいつも一緒ではなく、お互いに避けていた頃だった。そう、今より気まずい雰囲気が漂っていた。
私の呼び掛けに振り返った流斗は泣いていなかった。
無表情、冷たい目が私に向けられる。
「何?なんか用?」
声変わりをして低くなってしまった流斗の声は一層冷たく感じる。
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