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I
真っ暗な世界に何処からともなく光が差し込んだ。その光は何かを訴えるように真っ直ぐ私の目の奥に突き刺さって、刺激する。
「うっ」
光に促されて目を開けると流斗の顔が真っ先に飛び込んできた。
色白の顔に切長の瞳、整った鼻、薄い唇。
綺麗。
見慣れている顔のはずなのに、それでも、今でも、不覚にもドキッとしてしまう。
カーテンの隙間から潜り抜けた太陽光が流斗の肩の上を通り、私の顔に当たっている。
今何時?
腕を伸ばして、手探りでスマートフォンを探したけど、手が届く範囲には無いようだ。
私はそっと上半身を起こして、流斗の向こう側にある置き時計を見た。
8:20、まだ間に合う。
「うっ、詩音もう起きる時間?」
流斗がダルそうに、寝たまま腕を伸ばす。
「ギリギリだよ。流斗も早く家帰った方がいいよ。っていうか、服着てよね。何で脱ぐの?」
私はベッドから立ち上がると、ベッドの下に捨てられているシャツを拾い、上半身裸で横たわっている流斗に向かって投げる。
「この部屋暑いし、俺がシャツ着たままだと寝れないの知ってるだろう、詩音」
「良いから、シャツ着てよね」
そう流斗に促しても、流斗は相変わらず寝転がったままダルそうにしている。
"そこ、私のベッド何ですが!"と言いたいけど、今言ったところでコイツの耳には入らない。
私は流斗を放って置いて、急いでクローゼットから服を適当に引っ張るとバスルームに向かった。
1限目にまだ間に合うよね?
私は着ていた短パンとTシャツを脱ぎ捨てると、クローゼットから引っ張り出したデニムのパンツと黒のブラウスに着替えた。
急がないと。
慌ててバスルームのドアを開けて飛び出すと、相変わらず私のベッドを我が物顔で占領している流斗が目に入り込んだ。
「なあ、詩音大学行くのか?今日はサボれば?」
半分寝ているような声で流斗が話しかけてくる。
私は無視して玄関へと向かう。
「詩音、いってらっしゃい」
呑気そうに我が物顔で部屋を占領する流斗。
"ここはアンタの家じゃない"
叫びたかったけど、無駄なことだとわかっているから叫ばず、スニーカーを履いた。
マンションの部屋を出ると鍵を掛けて、エレベーターホールへと向かった。
エレベーターに乗ると、エントランスのある1階を押さずに、2階を押した。
20階建の高層マンションの18階にある私の部屋、勿論この部屋の持ち主は私じゃない。かと言って、勿論流斗の物じゃない。
2階に降りると、エレベーターホールを出て、右側に曲がるとそこには閉じられた門がある。
門のドアノブを回して開けると、私は走り出した。
欅に囲まれた階段道。
急いで階段を下りていく。
"バターン"
背後で門が閉まる音がした。ここは最寄駅迄の近道。あの門も外側からは鍵を挿してドアノブを回さないと開かない。
蝉の鳴き声が響いている。
あと何日位の命なんだろう。
階段を下り終えると、人気の無い小さな駅舎が見える。
1分前、何とか間に合った。
電車到着を知らせる音が鳴り出した。
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