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「ケイ?帰ったよ。」  Louisの声が玄関から聞こえる。車が家の前に駐車された音には気づいていた。私はDennisとの時間を引きずったまま階段を降りた。 「お帰りなさい。今日はどうだった?」 「いつもと同じだよ。ワイン買ってきた。この前の美味しかっただろう?」 私のほうを見ずに、Louisはジャケットを脱ぐと、ワインの包みを私に手渡した。 「ありがとう。」 「どうしたの?体調悪いの?」  やっと彼は私の顔を見ると心配そうに尋ねた。私は一体どう見えているのだろう。詐欺師のような冷たい顔だろうか。 「いいえ、大丈夫。ワインを飲みましょう。」  口角を上げて取り繕ってみる。私はこのまま騙し続けるのだろうか。それがもうできないことが重い塊となって胸につかえている。もうLouisを欺くことはできない。これまで自分が積み重ねてきた選択を、今さら崩して平らにしようとしている。Louisを傷つけずに、残酷な選択の上に成り立っていた生活を崩壊させようとしている。矛盾した行動であり、支離滅裂である。いや、傲慢と言える。私はいい人間に見られたいのだろう。拷問をしておきながら、食事を与え、傷の手当をする兵士のようだ。顔の筋肉がこわばって表情が作れない。話さなければならない。 「チーズある?」 冷蔵庫を開けながらLouisが普段通りの様子で尋ねる。 「冷蔵庫にあるでしょう?今日は新しく買ってないけど。」 私も昨日の続きの今日を作る。話さなければならない。空気が薄くなる。Dennisのことを話したら、Louisは憎悪で私を見るだろうか。テーブルの用意をして席に着く。昨日の私ではない。 「ケイはどうだった、今日は?」  話さなければならない。今。口から出る言葉はこの生活を破壊する。もう昨日には戻れなくなる。 「どうしたの?大丈夫?」  簡単な質問に即答しない私を、Louisは訝しそうに見ながら、ワインを口に運ぶ。更なる質問にも容易に答えられない。私は大丈夫ではない。この期に及んで彼に申し訳ないなどと思っている。 「なんかあったの?」 もう何か言わなければ。乾いた口で唾を飲み込む。 「・・・今日、Dennisと会ったの。」
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