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 品川のカフェで、Denisと初めて会った。長身で細長く、白髪交じりの金髪と、ブロウタイプの黒い直線的なフレームの眼鏡が印象的だった。 「初めまして。店内でもいいですか?」  カフェの屋外のテーブルに座っていた彼を見つけて、私はお願いした。春先でもまだ外は肌寒く、私は暖かい店内に座りたかった。 「あぁ、いいですよ。」 彼はすぐに席を立ち、自分のカップを手にして店内に移動してくれた。私は久しぶりに会ったような気がした。 「初めまして。何飲む?」 「珈琲を。ブラックで。」  彼は私のためにカウンターに行き、珈琲を注文している。日本語がわからないのに大丈夫かと心配になって見ていた。いつも見ていたような私の錯覚を晴らして、彼は珈琲を買って進んで来る。 「ありがとう。」  彼の仕事の目的を聞き、通訳だけでなく各地でのイベントの移動や宿泊の手配を頼まれた。作家がたった一人で異国の地にプロモーションで訪れるのも珍しい。それは彼の希望で、予め出版社と相談して作った計画通りに仕事を終えて帰るという約束らしい。だからただの通訳ではなく世話係が必要だったのだ。  昔から知っているのに初対面の私たちは、お互い必要な情報を交換した。彼は私が何者なのか聞いてきた。仕事の打ち合わせなのに私は離婚して今は独身であることまで話していた。  何の気負いもなく、見ず知らずのはずのDenisといつかの延長のように話していた。一時間前に初めて会った彼と会話していること、彼と一緒にいることが自然過ぎて不思議だった。一万キロ離れた二人の纏っている異なる空気が混じり合って一つの空気になっていく。    彼の仕事のスケジュールの確認や必要な打ち合わせを一通り済ませると、本屋に行きたいというので、私は連れて行ってあげることにした。  品川から山手線で東京駅まで行き、丸善に入った。狭いエスカレーターに乗って、取り留めもない会話のついでに結婚の話をしていた。私はDenisに、いつでも若い娘と結婚すれば子供が持てると勧めていた。彼は自分が子供や家庭を持てる人間じゃないと微かに笑いながら返答した。私は深くは追及しなかった。彼のこの信念が、私に関係を持つようになるとは考えも及ばなかったから。  洋書の階で自分の本を見つけると、Denisは私に見せてきた。良い点数を取ったテスト用紙を母親に見せる少年のように、彼は自慢げな、はにかんだような顔を向けた。 「わぁ、すごい。これあなたね?」  私は巻末に印刷されていた気障な彼の写真を開きながら、母親のように褒めた。極東では無名であることが寂しいのかと思った。彼の自尊心が可愛らしく映った。  私はその夜、元同僚と飲みに行く約束をしていた。携帯を確認していると、 「もういいよ。用事があったら連絡するから。」 とDenisは雇用主らしく言う。 「了解。」 次の日から彼との二人三脚が始まった。
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