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 芸能人との公開対談のイベントもあった。渋谷の小さなスタジオで収録した。対談相手の八十近い女性タレントは、歴史学の教授でもあった。彼女にDenisは四十くらいにしか見えないと、見え透いたお世辞を真面目な顔で振る舞う。女性タレントは、ハンサムな白人の誉め言葉をそのままに受け取る。彼も上手に世の中を渡るのだと感心する。人の忠告や指示では簡単には動かない頑固さとは裏腹な軟弱な処世術を披露されて、私は彼を興味深く見るようになった。  私は収録の準備の間、スタジオの隅で舞台に立つ彼を見ていた。 「奥様ですか?」 タレントのマネージャーらしき女性が話しかけてきた。 「えっ?あっいいえ、通訳です。」 「あぁ、ごめんなさい。なんかそうかと思って。」 「ああ、いいえ。」 「彼女わがままでしょ。いつ怒り出すかわからなくて。」  私は話しやすく見られるのだろうか。それから準備が完了するまで、マネージャーの愚痴を立ち話で聞かされた。愚痴なのに私は喜んで聞いていた。奥様と言われたことだけを考えていたからだろう。  彼のお世辞のお陰か、タレントは怒ることもなく、収録は順調に進み、時間通りに終了した。 「僕の好きなお店があるんだよ。夕食はそこにしない?」  仕事現場が東京なのだから、私は家に帰る選択肢もあるのに、仕事が終わってからもDenisがホテルに帰るまで付き合うようになっていた。それは特別なことではなく当たり前の時間の流れだった。  彼のホテルの近くに、外見は黒い木の壁で、入口が千利休の茶室のように小さい居酒屋があった。体を屈めて小さくならないと入れない。西洋人にはそれ自体が楽しくて仕方ないようだ。入口をくぐると、玄関は銭湯のように下駄箱が並んでいる。威勢のいい店員が出迎えてくれた。 「いらっしゃい!あぁよかった、今日はお連れさんがいて。」 どういうことかよくわからなかったが、店員はDenisを覚えていたようだ。 「うちは英語のメニューがないんでこの前は困っちゃって。」 「あぁそうなの。お世話になりました。」 私はDenisの保護者のように自然とお礼を言っている自分が馬鹿らしかった。 「奥へどうぞ。」
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