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パーティーは美術館で開催された。受付を抜けると、一階の広いホールに既に正装した客が大勢集まっている。高い天井から屋外のような明かりが射している。会場には数か所にカウンターがあり、オードブルと飲み物が提供されている。ホールを囲む二階にも、グラスを手にした客たちが談笑している。私はDennisがどこかにいるだろうということしか考えられない。目でも心でも彼を探している。私がいることは知らないはずだ。また嫌われてしまうだろうか。それでも彼に会いたい。
Louisが買ってくれた黒いベルベッドのカクテルドレスを着て、Louisの腕を取って会場に入る。政府役人の妻である。自分の力ではなく、夫の力でここに立っている。無力感と上辺の煌びやかさが無色無臭であることを味わいながら中に入る。シャンパンを手に、彼とホールに進んで行く。彼の上司や知人に紹介され、東洋人の妻に興味を示す人たちに、期待通りの清楚な妻を演じてみせる。それは私ではない。
広い会場の端にステージが設けられ、司会者らしき男性が、集まるように呼び掛けている。私たちも群衆に混ざってステージが見える場所に移動した。
Dennisのスピーチがあるはずだ。何処にいるのだろう。Tropismesで偶然会ってしまったことを、彼はどう思っているのだろう。なぜ心臓が高鳴るのか。彼女といるところを見るのが怖いのか。もう会わないと思っていた彼を見るからだろうか。Louisがいる前で、Dennisに会うことを怖れているのか。私の演技がばれることが怖いのか。
次々に有名人がステージに現れ、短いスピーチをうまくまとめて、観客を沸かせる。
「では次は、考古学者であり、作家でもある Dr. Dennis Vermeulenです。」
大きな拍手の中を、Dennisがマイクの前に進む。彼が今いる。私の目で見ている。ネクタイはしないと言っていた。王様に食事に呼ばれた時だけしかしない。彼は王様に食事に呼ばれるような有名人であり知識人なのだ。私のような女が傍にいられるはずもない。彼と過ごした時間は一時の夢だ。人生に与えられた小さな輝く宝石を、私は後生大事に抱えて生きていく。
壇上で会場を爆笑させ、感心させるDennisを、私は見つめた。彼と出会えてよかった。彼を愛している。これまでもこれからも永遠に。自分が彼への愛でできていることを実感する。この幸せを手放すことはできない。それは私だから。
彼は軽い足取りで壇上を降り、会場の人の群れに混ざって消えていった。このまま会わずに帰ったほうがいい。
ステージの演目も一段落し、みな散り散りに歓談し始めた。私は一人になりたくて、化粧室に行くと言ってLouisから離れた。カウンターでウオッカのストレートを手に入れると会場の隅に移動した。Dennisを探す心を落ち着かせる。目立たないように壁の花になる。
会わないと決めた途端に、私の立っている場所の反対の端に、Dennisが立っているのが見えた。深呼吸をする。彼に気づかれないように人の影に入る。Dennisは恋人の手を握ってはいなかった。二人の姿を見なくて済んだことに安堵する。覚悟していても、実際に目の前にしたら、私の心はどうやって崩れていくかわからない。
彼の様子を見ながら、彼からは見えないように位置を変える。でも彼から目が逸らせない。馬鹿な試みをしていると、私の視線に気づいたのか、Dennisと目が合ってしまった。彼は一瞬驚いた様子だったが、軽く片手を挙げて近づいてくる。何を考えているのだろう。私は疫病神ではないのだろうか。私は彼を幸せにはできなくて、ちゃんと幸せを与えてくれる彼女がいると言っていたのに。私は何を言われても傷つかないと思っているのだろうか。どうして近づいてくるのだろう。
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