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 元鞘。刀が鞘に戻るのが、本来あるべき姿なのだろうか。私の存在は彼らを元の鞘に戻すためだったのだろうか。私は何処に向かうのだろうか。Louisとの日常は、硝子越しに蝶の標本を見るように過ぎていった。  そしてDennisが現実の色を帯びて世界の地を踏むようになった。微かな電子音でも、私の感覚はDennisとの繋がりを求めて起きる。その度に裏切られて引っ込んでいく。  パーティーで別れたきり連絡はない。自分から連絡すればいい。声が聞きたい。あの時、言いそびれたことを言いたい。Dennisの言葉の続きが知りたい。私はそれが許されないLouisとの繭の中にいる。真綿の硬い殻の中は安全で息ができない。薄い空気をゆっくり細く吸いながら生き永らえている。外からの力で繭に亀裂が入ることを密やかに望みながら、既婚者という見えない肩書を身につけて誠実であろうとしている。それを卑劣だと眺める。Louisが元妻と会っていることに嫉妬もせず、心はただ静かに波目が変わるのを見ていた。  設定したpopcornの着信音が携帯から聞こえた。何度裏切られても、私は期待して携帯を手に取る。  Dennisという文字が差出人の欄を埋めている。出来たら今月中に一度会いたいと書いてある。Dennis何があったの?別れてから五年、もう六年になろうというのに、あなたは一度も私に会いたいなどと言ってこなかった。どうして今。本当のお別れなの?焦がれるほどに待っていた連絡なのに、喜びよりうろたえている。混乱したまま二日後に会う約束をした。Louisが仕事に行っている日中に、ブリュッセルの観光地から離れた小さなカフェで、私はDennisに会う。ただカフェで会うだけなのに背徳が肩に覆い被さってくる。別れてから初めて二人で約束して会うのだ。繭の隙間から酸素が噴き出してきて、嬉しさが重く心の底を押し付ける。熱風と冷気が私の中を荒れ狂う。  会うことはLouisには言えなかった。元妻と会うことを咎めもしない代わりに、私はDennisと会うことで対等になると思ったのかもしれない。つまらない平等である。  あと数時間でDennisに会える。Louisのことも、元妻のことも、自分が結婚したことも、何もかもが背後にある。Dennisだけが私の目の前にいる。彼を思う気持ちだけで私はできている。体中が幸せに満ち足りて喜びが動いている。Dennisが似合っていると言ってくれた白いワンピースを着ていくことにした。髪をまとめるか悩む。ブーツにするか、パンプスにするか、香水はどれにするか、時間が加速度的に過ぎていく。Dennisに会うのだ。  完全には納得できないまま、時間がきて家を出る。駅に急ぐ。一歩ずつDennisに近づいている。駅の階段を駆け上がったせいではなく、電車に乗り込むと鼓動が早くなっている。空いている座席に座って外を眺める。外の景色は私の眼球に反射しない。何も見ていない。十五分ほどで目的の駅に到着する。彼は何を話すのだろうか。過去のことか、未来のことか。この前の続きだろうか。私は自分の気持ちをすべて打ち明けるべきなのだろうか。彼を面倒に巻き込むことになる。私は既婚者だ。また彼との関係が始まるわけはない。何を期待しているのだ。真剣にお伽話を作り上げては、破壊する。十五分は数秒になった。
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