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 話し始めると、私たちの会話はいつまでも続いていく。地球の重力と月の引力の均衡を安定させる際で、二人の空気が時間から解き放たれて混じり合う。一瞬と永遠が一つになって消滅していく。私とDennisとの境はなく、ひとつである。自分のいるべき場所がここにある。手を取り合ってお互い心地よく浮遊する。先に手を放したのはDennisだった。 「イラクの大学に二、三年行くことにしたんだ。」 急な場面転換をしてDennisは私を驚かせた。 「イラク?なんで?そんな・・・紛争が続いているじゃない。危険じゃないの?」 「教授のポストに就きながら、研究もさせてもらえる。次の本はシュメール文明を題材に決めたんだ。」 「そう・・・」 「それに・・しばらくブリュッセルから離れたいと思って。」 「え?どうして?」 「今は一人で研究に没頭したほうがいいと思うんだ。」 「何かあったの?大丈夫?」 「大丈夫だよ。本当のことがわかったから、これで真っ直ぐに生きていかれる。ただ落ち着くまで、しばらく少し違う環境に身を置こうと思って。」  Dennisの中に確固とした決意があることが見える。私が動かすことはできない。彼の頑固さはよく知っている。 「私にはわからないけど、あなたがそれで幸せなら、私も幸せだわ。気を付けて行ってきてね。」 「・・・ケイ、僕も君が幸せなら幸せだよ。結婚してパートナーがいて安心だ。」 「Dennis・・・」 「今さら、僕がこんなこと言うのは許されないかもしれないけど、僕たちは一緒にいなきゃいけなかったんだ。僕は・・・怖くなって・・・うまく言えないけど、すごく大きな力に引き寄せられるようで、怖くて逃げだしたんだ。恥ずかしいけど、正直に言うよ。自分が逃げていたこと。君の愛が大きすぎて、引き付けられる力が大きすぎて、怖くなって・・でも本当のことがわかったんだ。本屋で偶然会った時、気づいたんだ。僕たちは一つだって。一緒になるべくして生まれたんだ。今、ケイにはパートナーがいて、一緒にはいられないけど、それでも僕たちはひとつなんだよ。離れていても・・・イラクでもどこでも・・・君を愛している。」 「・・・」 「本屋でケイに会った後、Eveと別れたんだ。何も偽らずに真っ直ぐに生きたかったから。ずっと思っているよ。君のこと。」  涙が心臓の底から、鳩尾から、肺や喉を上がって吹き上がってくる。感情という熱が涙を押し上げる。
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