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 Louisの顔が、ストロボをたいた一瞬のように変化して見えた。疑念が重たく彼の眉間に漂う。 「どういうこと?やっぱり付き合ってたの?」 「いいえ、彼と仕事したのはもう六年も前のことで、その後付き合ったりはしていないわ。」  硝子の亀裂は絶対に修復できない。私は出てくる言葉を選ばずに、そのまま話し続けた。Dennisとは数年音信不通であったこと、偶然、ブリュッセルの本屋で再会したこと、そして、自分が彼をずっと愛していること。話し終えると私は空っぽになった。これで本当の自分でいられる。Dennisの言っていた真っ直ぐに生きるってこういうことなのだろう。私にはもう何もない。これが真っ直ぐな本当の私なのだ。  Louisはふぅっと溜息とも深呼吸ともつかない息を吐いた。今までに見たことのない表情は俯いている。 「ごめんなさい。」  私は謝ることしかできないが、それで十分ではないこともわかっている。そして何を謝っているのかも、もうわからなくなっている。この空間を謝罪で埋めるしか私にはできない。 「ごめんなさい。こんなことになって・・」 「・・・浮気より酷い仕打ちかもしれないね。」 胸を短剣で突かれたように響いた。 「ごめんなさい。」 「イラクについて行くの?」 「えぇ・・」 「もう決めたんだね。」 「うん。」 「負け惜しみじゃないけど、僕も本当のことを言うよ。」 私は身構えた。私が傷つけられる番かもしれない。 「Annaとまた関係を持ってしまったんだ。」 元妻と、ただ子供のことで会っているのではないとわかっていたが、知らなかった振りをすべきだろうか。 「知っていたわ。Claireもおしえてくれたし。」 私はもう嘘をつく理由も見つけられず、真っ新な気持ちで話していた。 「悪かったと思っている。ごめん。でも僕は君との結婚を壊そうとは考えてなかったよ。」
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