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「今日、会食の予定がキャンセルになったから、京都に今日のうちに行かない?」 その日は書店での朗読とサイン会、その後は彼が大使館の知人と会食をする予定だった。 「もうホテルは取ったから、電車はまだでしょ?」 嬉しそうなDenisの声が聞こえてくる。 「ええ、まだ買ってないけど・・・」 「じゃあ、それでいいよね?サイン会の後、そのまま京都に行くことにしよう。なんか修学旅行みたいな気分だな。」 Denisの笑い声が聞こえる。 「了解。書店はわかる?今日、サイン会するところ。ホテルに迎えに行く?」 「いや、大丈夫。わかるよ。ボーイスカウトだったから。」 「そう、じゃあ、現地集合で。新幹線の手配は私がするから。」  サイン会を終えて、東京駅に向かった。昼食を取らずに午後になっていたので、弁当を買って新幹線に乗ることも考えたが、Denisは人混みで買い物をすることをひどく嫌ったので、構内のレストランで食事を済ませて新幹線に乗ることにした。ランチタイムを過ぎているのに何処も混んでいた。一番待ち時間の少なそうな洋食屋に並び、すぐに席に案内された。パスタを頼み、二人とも半分残して席を立った。東京にも美味しくないものがある。  新幹線のホームに向かいながら、Denisはガムが欲しいと言う。生焼けのニンニクが口の中でいつまでも消えないことを私も感じていた。私はすぐに駅のコンビニを見つけて彼をガムの棚の前に案内した。 「ケイといると欲しいものがすぐに手に入るね。」 「だってここは東京だもの。なんでもあるわ。」 私は照れ臭いような気がしたが、ガムひとつでも彼の役に立てていることが嬉しかった。  A-13指定された席に並んで座る。Denisは一万キロ離れた国からやって来て、私の隣の席に座っている。一つのピースだけがパズルにはまるように、決められたレールの上だけを列車が走るように、この席に向かって私たちの人生がそれぞれに過ぎてきたことを遡って見ていた。  分厚い本を読み始めても、窓の外の景色が気になるらしく、Denisは本に集中できないようだった。そしてそれよりも私に至近距離で話しかける。彼の瞳からは光が溢れて零れ落ちる。会話の文字は空気の飾りでしかなく、私は彼と繋がっていくことに気づいていた。強い力が胸の間で引き合うように繋がっていく。一度繋がったら切り離すことがどんなに難しく痛みを伴うものなのか実感していた。私の采配も制御も無力である。  Denisは考古学だけでなく、もちろん歴史も、それに政治、国際情勢、芸術にも造詣が深く、幅広い知識に見識を持ち、私の興味は尽きなかった。いくら馬鹿な質問をしても丁寧に教えてくれる。彼は私だけでなくどんな人に対しても決して見下すことはなく敬意をもって接する。彼の知識の器から私は出ることができない。私は尊敬を持って会話を楽しんだ。真剣に聞いたり、大笑いしたり、気づくともう次は京都駅だった。新幹線のレールが何処までも続いていてくれたらと願った。
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