90人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「子供のいない、二人だけの生活でもいいんだよ」
あいつはそう言ってくれていた。
信じられなかったのは私。どうしても、どうしてもそれは嘘だとしか思えなかったの。
結婚したら子供を作って、そうして家族を形成するのだと思っていた。
子供を作らない選択をする人を否定するわけでもなく、子供ができない人のことも知っていた。だけれど私は当然として、それでも"私は"子供を作るのだろうと、そうして親子で暮らすのだと思い込んでいた。
親はそんなに求めていたかしら。友達はみんな子供を作っていたかしら。そんなことはなかった気がするけれど、まるで絵は白紙に描くものだと決まっているかのように、下地として子供が存在していた。
優しいあいつは、確かに私に言ったのだ。子供はいなくてもいいと。
信じられなかったの。いや、そもそも私が否定していたのかな。あいつの言葉をではなく、"子供がいない家族"というのを否定していたのかな。
自分自身に追い詰められていることは感じていた。いっそ諦めたころに妊娠したりするよ、なんて話も読み込んで、「そうよね」って思ったりもしてた。だけど思う裏側ではやっぱり、焦っていた。怖かった。諦められなかった。
だからね、あいつが『男を好きになった』と知った時、ようやく言葉を文字通り受け取ることができたの。
嘘ではなかった。本当に、私と二人だけの生活を、未来を描いてくれていたのねって。
自分が認められた気がした。
別れなければ私はずっと囚われたままだったでしょう。そんな安い言葉を吐いて、私と同じくらい真剣に悩まないのねって責めたはず。胎に子を成さない男だから、わかりゃしないんだって。絶対子供を欲しいはずなのに、それを作れない私を本当は悪く思っているんだろうって。
だけども実際に子供を産めない男を好きになったというんだから、安心だってするわ。
愛されていたのは、子供を産む予定の私ではなかったのね。
――ただの、私だったのね。
[終わり]
最初のコメントを投稿しよう!