5人が本棚に入れています
本棚に追加
「…名前ないの?」
『そうだよ』とでもいうように、目の前の少年はうなずいた。
「…」
私は黙ってしまった。きっと無意識のうちにうつむいてしまっていたのだろう。心配そうな顔をした少年が私の顔を覗き込む。
―この子は、私よりきっとひどいことをされてきたんだ…私は仮にも名前はあった。くれた人が、呼んでくれた人が、いてくれた…。でもこの子は…呼んでくれるどころか、名前さえももらえていないとしたら、、
私は泣きそうになるのを抑えて、声を絞り出して、少年に紙をもう一度渡しながら
「…今まで、なんて呼ばれてたの…?」
そう聞いた。
そして顔を上げることをできないまま、少年の返事を待ちながら、どうにか泣きそうになるのをこらえる。
『〔クソガキ〕〔役立たず〕…ほかにもいろいろあるよ。』
…再び渡された紙にはそう書かれていた。
いつの間にか隣にいた来希も覗き込むようにして、紙に書かれた…私が書かせてしまったこの文字を、読んでいた。
そして来希は、少年を抱きしめていた。
少年が大人に対して怯えていること、怖がっていることを知りながらも、来希は衝動的にそうしてしまったんだろう。
そして来希に抱きしめられた、名前のない少年の顔は見えなかったけど、泣いていた。来希にすがるように、泣いていた。
それにつられるように、みんなで、声を出して、たくさんたくさん、落ち着くまで、泣いていた―。
最初のコメントを投稿しよう!