Love is blind.

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Love is blind.

(彼女の恋人であった女による証言)  あの人は私の王子様、私はそう思っていた。私はは全く無かったけれど、あの人は別だったのだ。だから思い切って好きだと告げた。そんな私の告白に「あぁ、ありがとう」と小さく笑みを浮かべた彼女は「で、名前は?」と尋ねてきた事は今でも忘れられない。同じ会社に勤める一つ年上の先輩であった彼女は別の部署に所属していたけれど、たまに支援という形で私の所属する部署に現れる人だった。外見に無頓着らしく普段は顔の半分くらいが隠れる程に前髪が伸ばされていて、それがたまに一気に切られると整った顔が現れる。中性的な容姿の彼女は、化粧っ気がなくてもイケメンという表現がよく似合う人だった。パンツスーツでカーディガンを羽織り黙々と仕事を進める様は一つしか違わないという事が信じられないくらいで、初めて彼女の仕事ぶりを見た新入社員であった当時の私は来年になれば彼女のように仕事が出来ているのだろうかと思った事もある。――それは、結局夢想に終わったのだけれど。当時の彼女は噂を聞く限りでは彼女と同じ部署の先輩と付き合っていて、たまに二人並んで歩いている所を見た時はイケメン二人連れのようなその絵面に驚かされた。一般企業でこんな目の保養になる二人連れが居てもいいのかと思わず心の中で拝んだくらいに。その後、彼女が付き合っていたという先輩は別の支店へと転勤し、二人が破局したらしいという事を風の噂で耳にした。イケメンに関する女子の噂は早いのだ。「笹野先輩フリーなら私頑張っちゃおうかな」なんて、同期の女子は口にする。 「え、でも笹野先輩って女性だよ?」 「笹野先輩に関しては関係なくない? イケメンだし、仕事出来るし、そこら辺の男よりも全然いけるっしょ」  それに、と同期は淡いピンク色に染めた唇に弧を描いて言葉を重ねる「笹野先輩って女もオッケーらしいよ、「可愛い女の子は好きだ」って飲み会で公言してるみたいだし」自分が可愛らしい女であると自覚をしているらしい彼女は狩人の目をして笑う。きっと、彼女にとって笹野先輩は遊び相手に丁度いいのだろう。男性と比べれば低めの身長だけれど、彼女や私よりも高い身長に顔はイケメン。淡々としているが、その実初対面の相手にも優しく対応をしてくれる。きっとわがままを言っても小さく笑ってそれを認めてくれるのだろう。そこらの男を捕まえるよりも、付き合うという一点に於いてはきっといい思いをさせてくれる。「先輩狙いのコ、結構多いよ? 先輩にランチ貢いでる人とかも居るんだって」彼女の情報網は広いらしく、私が知らない先輩の情報が一つ二つと明かされて行く。「ほら、先輩って喫煙所にいる事多いけどあまり食べてるとこ見ないじゃん? それを心配したって体でお弁当作ってあげると普通に食べてくれるんだって」弁当を作っていく彼女たちの目論見は、先輩に伝わっているのだろうかと私は心配になる。渡された弁当を他意なく受け取って「ありがと」と笑う先輩の姿は容易に想像ができてしまう。私が帰りがけ、喫煙所から出てくる先輩を捕まえて勢い余って告白したのはその日の事であった。   「どうした?」  私が入社した時から数ヶ月前までの出来事を思い起こしていれば、テーブルを挟んだ向かい側に座る彼女は小さく首を傾げてそんな事を口にする。勢いだけでぶつかっていった私の告白は、笹野先輩に受け入れられて私たちの関係は恋人同士という関係になっていた。彼女は変わらず紳士的で、買い物に行けば私の荷物を持ってくれるし少しでも疲れたそぶりを見せれば「ちょっと休もうか」とおしゃれなカフェへと連れて行ってくれる。会社では今まで通りに振舞っていたからほとんど会う事も出来なくて、出来るだけ一緒に居たいとわがままを言えば彼女は私のアパートに来てくれた。今ではすっかり半同棲という言葉が当てはまるくらいに彼女は私の家に居る。定期的に整えられるようになった彼女の髪は前みたいに顔が半分隠れるくらいに伸びきる事もなくなって、男物のシンプルな服を纏う彼女は相変わらずのイケメンだ。メガネの奥で細められる彼女の切れ長の目元はしっかりと私を捉えていた。 「葎花さんって、本当に完璧だなぁって」  二人の時だけ、名前を呼び合う事を許された私は彼女へそう告げる。イケメンで仕事ができて優しく紳士的な彼女はそんな私の言葉に一瞬だけキョトンとし、ゆっくりと優しく笑みを浮かべる。「そんな事ないんだけどね」私の前に座り紅茶を口にする彼女はどう見ても完璧で。そんな彼女に「だって、私のわがままいつも聞いてくれるし、ご飯作ってくれる時はお洒落なもの出してくるし、仕事できるしイケメンだし」と口にして、流れるように口から飛び出た「それに夜も……」という言葉に私は自分で驚いて口を閉ざす。頰が一気に熱を持ってしまった事は自分でもすぐにわかった。 「あ、わがまま言ってる自覚はあったんだ」  真っ赤になっているだろう私を見て、最後の一言には触れずに彼女はからかうように笑う。そんな快活な表情は、彼女と付き合って初めて知った。彼女の言葉に思わず俯いた私を見た彼女は優しい声で言葉を重ねる。「可愛い子にはどんなわがまま言われても聞いてあげたいからいいよ」なんて私を調子に乗らせるような言葉を口にした彼女に、私は心の中でだけやっぱり王子様なんじゃないかなんて呟くのだ。 「じゃぁ、わがままひとつ聞いてくれる?」  私が意趣返しのつもりで口にしたその言葉に彼女は優しげな笑みを浮かべたまま「何なりと、お姫様?」と告げる。 「私、葎花さんの家に行きたい」  付き合ってから数ヶ月、私は彼女の家に通された事はなかった。最初の頃はデートという名目の元に外で会っていて、そのあとは私の家に彼女が来てくれた。そんな私の言葉に「ウチ来ても本しか無くて面白みも何もないよ?」と不思議そうに首を傾げた彼女に、私は少しだけテーブルへ身を乗り出して言葉を返す。 「それでも、葎花さんの家に行ってみたいの」  私の勢いにおされたのか、それとも元々答えは決めてあったのか彼女は少しだけ笑みを深めて薄い唇を開く。 「わかったよ、何も出せないから夕飯食べてからな」  そう告げた彼女の表情を、浮かれていた私はちゃんと見てはいなかった。彼女の表情を見ていたら、結末は何か違ったのではないかと今でも思う。 (笹野葎花 二十四歳)
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