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1日目
タクシーから降りると、日本とは違う、カラッとした海の風を感じた。
運転手が車のトランクからスーツケースを降ろすと、ホテルの入り口から出てきたボーイさんが受け取って、「welcome」と微笑みかけてくれる。
彼の案内でホテルの厚いガラスのドアをくぐり、広いロビーを横切っていく。
一応平日の昼間なので、ロビーの椅子に座っている人は10人ほどだった。
コンシェルジュデスクの『Japanese』というプレートがあるカウンターに近づくと、紺のジャケットにピンクとベージュのスカーフを巻いた女性が待っていてくれ、横に置かれた小型のテーブルに座るように促された。
「秦野杏里様ですね。お待ちしておりました」
言葉は流暢な日本語だけど、彼女の髪の色は金髪に近い茶色で、目の色も黒くない。
カウンターにはチェックインの手続き用の用紙が置かれ、ペンを手渡される。
こんな時代になっても、手書きってあるんだな、と思いながら、杏里は打ち出された今回の宿泊予定表に自分の名を記入した。
記入を終えるとその女性は、英語表記の案内を広げて、内部の説明をしてくれる。
この建物の上階にはスパやフィットネスセンター、レストランやバーがあり、左隣には系列のショッピングモール、右隣が宿泊棟らしい。
「何かお困りのことがありましたら、こちらまでおいでいただくか、内線電話をお使いください。ただ、日本語のできるスタッフは少ないので、お手数をお掛けすることもあるかもしれませんが…」と、隣の『Chinese』と書かれた席にいる女性を指して、「彼女ならだいたいの言葉は分かりますので、お申し付け下さい」と微笑んでくれる。
カウンター越しにお客さんらしい人と話している様子から、そちらの女性は中国人のようだった。
「お帰りの日の飛行機の変更が必要でしたら、2日前の17時までにご連絡いただければ、お席を確認いたします」
それではお部屋にご案内します、と言われて、横に待機していた別の女性が、部屋まで案内してくれることになった。
また違った白の制服を着たこの人は、日本語は挨拶程度らしく、片言の感じだ。客室係とでも言うのかな、と彼女は思った。
女性の案内でロビーを抜けると、隣の建物に入る。
空港から直行してきた杏里は、ライトブラウンのノースリーブにダメージジーンズ、白のサンダル。
ロングパンツなのは冷房対策で、ジーンズの裂け目から腿や膝が覗いて見える。
三日月型の革のバッグを斜め掛けにしている。
スーツケースはそれなりのサイズだけど、女性の5日分にしては荷物が少ないのは、あまり出歩く予定がないからだ。
旅に出る前に切ったショートボブの毛先が、歩くたびに顔の横で揺れる。
入ってすぐのエレベーターホールには2人の先客がいて、2機あるエレベーターのひとつが着いたところだった。
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