2日目

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今日の彼は、白いTシャツの上に、ふんわりとしたアイボリーの柔らかそうなシャツ、足元がくったりとなっているパンツも同じ生地なところがおしゃれだ。足元には白のスニーカー。 …良かった、短パンやビーチサンダルを履いて来なくて、と、内心で彼女は思った。 もう泳ぐ気はなかったので、白のノースリーブに青の涼しい素材のガウチョパンツ、脱ぎ掃き簡単なフラットシューズというスタイル。 日焼け防止用に長袖の白いシャツ、日本から持ってきた雑誌を手にしていた。 彼はカウンターに出された、彼女の分のグラスを手渡すと、「ちょっと歩くけど、眺めのいいところがあります」と言って、どう? と小首を傾げて聞いてくる。 杏里が答えるように頷くと、にこりとして、先に立って歩き出した。 楕円のプールサイドに添って少し歩くと、数本の木が陰を作った静かな場所に、空のリクライニングチェアがいくつか並んでいた。 その横に、テーブルと椅子のセットもある。 目線の先には、海辺の遊歩道、その奥に海の端が見える。 パラソルの下の小さなテーブルに陣取り、3つある椅子の、日陰になっている方を進めてくれる。 「僕、西森(けい)といいます」 ひとつ残った椅子に荷物を置き、杏里が自分用の椅子に落ち着くと、先に座った彼が、テーブル越しに右手を差し出した。 会ってすぐの人に握手を求められた経験はなかったけど、彼はそういうのに慣れているらしかったので、杏里も名乗ってその手を握った。 ごつごつした感じのない、でも、杏里よりは少しだけ大きい手だった。 それぞれのグラスを持つと、その端をコチンと合わせて口に運ぶ。 冷えた炭酸が体温を下げてくれるようで、心地がいい。 「杏里さんって言うんだ。素敵なお名前ですね、漢字はどんな字を?」と聞いてくるので、「あんずに里です」と返す。 聞かれたことは同様に聞くのが社交辞令か、と思って「けいさんの字は?」と言ってみる。 「彗星の彗の下に心をつけるんです」と言って、テーブルに水滴をつけて書いてくれる。 なるほど、と頷くと、彼は満足そうにカットされたオレンジを口に運んだ。 彼は、「これもどうぞ」と切ったフルーツの盛り合わせを進めてくれる。 「一人旅、慣れてるんですね」 そう聞いてくる彼に、どこまで自分の情報を開示しようか、と思いながら、杏里は苦笑いする。 「慣れてるって訳じゃないんです。ただ旅行は好きなので、よく女友達とあちこち出掛けてて。今回はたまたまひとりっていうだけで」 「そうなんですね。これまではどこを?」 「まあ、グアムやハワイは何回か。韓国や上海にも以前行きました。あとはバリとかシンガポール? まあ観光地を回っただけですけど。ここも以前、その子と来てて」 「そうなんですね」 「慧さんは? ご旅行ですか?」 聞かれた質問は、聞いてほしいのだ、と聞いたことがあったから、同じように聞いてみる。 「僕は…、う~ん、そうですね。半分仕事、半分旅行ってとこかな。一応ホテルの関係者なので」 「そうなんですか」 「通訳とか、翻訳とか、そういう関係の仕事が多いんです。だから…」 あまり深く聞くと、相手に興味を持っていると思われてしまう。杏里は、彼との距離感をどこまで取るかで迷った。 …でも今回は、これまでと違う自分を探す旅。 そのためにいろいろなものを整理し、日本に帰ったら新しい自分になって再出発する、そう思ってここまで来たのだから、この5日の間に、何か非日常的なことが起こってもいいんじゃない? と思った。 「聞いてもいいですか?」
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