1日目

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ひとりだし、店が混む前に、と杏里がレストランへ上がっていったのは午後6時頃。 受付でボーイさんにチケットを渡すと、窓際の四角いテーブルに椅子が向かい合った二人席に案内された。 『Reserved』のプレートが置かれた席の、一方の椅子を引き出して座るよう促され、笑顔で返す。 チケットにはあらかじめ、コンシェルジュの女性の手で、『Jpn/g』と書かれていた。Japanese guestの略かな、と思う。 ロビーでもショップでも、アジアの人かな、と思う顔立ちの人たちは、ほとんどが中国語か韓国語で、日本人は見なかった。 ここは18歳未満の子どもは宿泊できないので、ファミリー層はほぼいない。 多分、日本人はハネムーン客くらいしか来ないのだろう。 先ほどのボーイさんがやってきて、メインディッシュの写真の入ったメニューを見せてくれる。 白いお皿にそれぞれ、魚と肉料理が2品ずつ写っていた。 簡単な英語でどれがいいか、と聞いてくれたので、カルパッチョ風に盛られた魚料理を指さした。 ドリンクメニューには、アルコールの種類の下に、店のオススメというのか、ボトルの写真とアルコール度数が載っていて選びやすかった。 ワインは別のリストもあるらしいけど、銘柄に詳しい訳ではないので、白ワインの軽めのものをお願いする。 メニューを閉じると、テーブルの上のキャンドルに火を灯し、ごゆっくり、と言うように一礼して離れていった。 このホテルは、レストランが3つある。ここは一番入りやすいお店で、他は個室中心になっていて、それなりの値段がする。ひとりで行くにはハードルが高い。 ここもコース料理中心なので、軽く食べるなら他を探さないと、と思っていたけど、初日は様子も分からないのでここにしてみたのだ。 日本なら、こんな待ち時間はまずスマホを見ているだろうな、と思いながら、テーブルに軽く肘を付き、周りを見渡した。 夫婦やカップルらしい人たち、グループで談笑している人たちもいる。 いろんな国籍の人たちが、同じ場所で食事をしているのを見て、自分も『いろんな国籍』のひとりなのだ、と改めて思う。 言葉が堪能でない自分が、こんなふうに一人旅をしているなんて…。 なんとかなる、と割り切ってしまえば、結構いろんなことができるんだな、と思った。 テーブルにワインボトルを持ったボーイさんが来て、グラスを置くとワインを注いでくれる。 少しずつそれを味わっているうちに、料理が運ばれてきた。 …恵麻(えま)と来たときは、ファーストフードみたいなものばっかりだったな。 女友達との旅行は、いかに安く上げるかもひとつの遊びだったので、この国に来たときはバーガーとか、フィッシュ&チップスとか、頑張っても屋台のカットステーキとか、そんなものが多かった。 それでも、ふたりで気ままに過ごす旅は、気楽で心強く楽しかったのに、彼女が子持ちになった今、そんな旅は難しくなってしまった。 「子どもが成長したら、またふたりで出かけたいね。いっそのこと、杏里も子ども産んだら? 旦那を置いて子連れ旅行もいいかも」とか言ってたけど、自分の結婚が遠のいてしまった今、そんな時は永遠に来ないような気がする。 …まあいいか。こうやって、ホテルや行き先をちゃんと選べばそれほど怖くないってことが分かったし。
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