最後の手紙

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 人類の歴史は長く、古い。遡るほど、伝説や伝承の類になってしまっている部分もあるが、僕は真偽を見極めたかった。僕らのルーツがどちらの星かは問題ではない。  ただ、自分がどこからやってきて、どこに居て、どこへ行くのかを知りたいと思うだけだ。 「俺もあの『通信』は信じているよ」 「本当ですか。初めて会いました。僕がこの話をすると大抵、人は笑うかバカにするかしなしないから」 「ま、今まで自分が信じていたものが嘘だって言われるんだ。素直に、はい、そうですかとはならないよな」 「実現する可能性はゼロに近いですが」 「ばかやろう。まだやってもないことに否定的になるな。そうなるもんだと思ってやれば、自然とそうなっていくもんだ。俺だって半信半疑だったよ。でも育った」  彼はレンガで囲われたそれを指さした。  そうか。もうこの星の外部区域で植物が自生することなんて無いって言われているんだっけ。  そこで、僕はあることに気が付いた。  この星は戦争の影響で大気や地質が変化したのだ。空気も土も、生き物にとって有害なものになってしまった。植物は自生できなくなった。  汚染物質が蔓延する地上で、人間は防護服無しでは歩けないほどになってしまった。  でも、ナスも朝顔も育っている。瑞々しい緑色に、ホースの水を滴らせている。雫には太陽の光が照り返り、風が吹く度に揺れた。レンガで囲われたそれに、壁や屋根はない。完全に外気の中で成長している。 「少しずつだけど、星が変わっているんだ。俺たち人間も変わらにゃならん。生きてるんなら、色んな可能性があるんだからな」  それ以上の説明は不要だった。お互いに。  僕らには可能性の証明がある。  今、目の前に。  彼は防護服を操作した。ヘルメットの不透過性を解除する。ダークグリーンのヘルメットの奥に、無精ひげを生やした男の顔が覗いた。  悪戯好きな子供のような笑顔を浮かべている。  しかし、眼差しは真剣だった。 「本気で宇宙に行きたいなら、D-18研究室を志望しろ」  彼は言った。何故かと問うても、彼は笑ってごまかすだけだった。 「ま、研究室は自由に選べるし、気に食わなきゃ転室すりゃいいだけの話しだからな。お前さんの好きにしてくれ」 「はぁ」 「大体、まずは試験に合格しなきゃだもんなぁ」 「こうなったら絶対合格してやりますよ」 「おおー、大きく出たな」 「それまでにトマトを採取しといてください。次に来る時は塩を持ってきますから」 「言うじゃねぇか」  僕らは手を振って別れた。  そう言えば名前を聞かなかったな。  別にいいか。僕も名乗るのを忘れていたし。  それよりも僕は待ち合わせ場所に急ぐことにした。  ◇◇◇ 「五十代くらいの研究員?」  待ち合わせ場所には既に管理委員が立っていた。彼もちょうど出てきたところだったようで、小言は言われなかった。  僕は建物の裏手で会った男のことを話した。有機栽培のことは黙っていた。何となく面倒になりそうだったからだ。 「ええ、研究地区で働いていると言っていました」 「その年齢なら責任者として、上層部に引っ込んでるはずですけどね」 「僕より背が高くて、体格もよくて、無精ひげを生やしていました」 「まさかそれって」  管理委員はハンドサイズのポータブルコンピュータを取り出した。手慣れた様子でそれを操作する。  一人の男がディスプレイに表示される。去年行われた、隣国での表彰式の新聞記事だ。世界最高の賞、ヴェルト賞の授賞式の様子である。 「あっ!」  僕は声を上げた。  ディスプレイの中で表彰されている男性の笑顔。子供のように無邪気で悪戯好きそうな表情。 「博士は風変わりな人で有名だそうですよ。この研究施設の主席研究員で、D-18研究室の責任者です」 「航空力学の最高権威じゃないか」 「ちなみにヴェルト賞の名前の元、フランツ・ヴェルト博士は彼の祖父だそうです」  僕は眩暈を覚えた。 「偶然とは言え、見間違えでなければラッキーな出会いでしたね」  何がラッキーなものか。この委員は本気でそんな風に言っているのだろうか。嫌味か皮肉か、人違いだと思っているのか。多分、興味がないのだろう。何せ彼は学者ではない。  僕は呆然としたまま家路に着いた。
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