雨と心配と彼のシャツ

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太陽が沈み行く午後5時過ぎ、赤々と輝く校門の前でサボテンもかくやと言うほど頭髪を尖らせた男子高生が腕時計で時間を確認していた。 (おせぇな、小鳥遊) 帰宅部である彼は部活動とは無縁であり授業が終わればさっさと帰るのが常となっていた。 しかしそんな彼がこんな時間まで待っていたのにはある理由があった。 「九朗、お待たせ」 九朗の背後から鈴の様に軽やかな声が響いた。 その声に振り向けばそこには白いセーラー服に紺のスカート、そして見違えるはずもない薄紫の髪の少女。 小鳥遊美遥が今まさに部活を終えて校門に辿り着いたところだった。 「よ、相変わらず剣道部は盛況か?」 「そうそう、この前入った新人もすごくてさ。もう竹刀の振りが早いのなんのって」 「お前がそこまで言うほどか、負けてられねぇな」 「当然だよ、かっこいいところ見せたいしさ」 そんな風に軽い会話をしながらお互いの家へと向かっていると、九朗のサボテン頭に冷たい雫が落ちてきた。 「お、雨か?」 そんな事を言うが早いか、即座に大量の雫が勢いよく路面に叩きつけられる。 空を見れば先ほどまでの夕日などもはや何処にも無く、一面を暗雲が覆っていた。 「これやばいかも、走ろう」 「あぁ、こんな時はさっさと帰るに限る!」 「ここからなら九朗の家近いよね、ちょっと上がらせてもらうよ!」 いつも通り二人の考えが一致する。 横殴りの風と雨の中を二人は足早に帰ろうとしていた。 路面を見れば強い雨の影響か、あちこちで水たまりが出来つつあった。 急な大雨は予想外だったのか、車道では水しぶきをあげながら走っていく自転車や車が今も多い。 そんな中、一台の自動車が小鳥遊のすぐそばを通ろうとして 「小鳥遊!」 「ふぇ!?」 九朗は小鳥遊の手を引き、それと入れ替わるように体を車道に向けた。 瞬間、小鳥遊が浴びただろう水しぶきを九朗が代わりに受けることになった。 「九朗大丈夫!?ずぶ濡れだよ」 頭のてっぺんから水を被ったため着ている詰襟の制服も中のワイシャツも纏めて体に張り付く感覚が九朗には残っていた。 「なんてこた無ぇよ。それよりさっさと帰るぞ」 「うん......」 それ以上は何も言わずに九朗は小鳥遊の手を取って家へと向かった。 それからほどなくしてようやく九朗の家に二人は辿り着いた。 小鳥遊は玄関に置いてあったタオルで軽く体を拭くと 「九朗、先にシャワー浴びて」 自分のセーラー服の裾を絞りながら真っすぐな目で九朗を見据えた。 「いいんだよこれくらい、それよりお前こそ先に入れよ」 「私はいいの!それより九朗が大事だよ」 ターコイズカラーの双眸が九朗を射抜く。 そこに浮かんでいたのは心配の二文字だけだった。 (風邪ひくだろうし先にシャワー済ませて欲しいんだが、こうなると梃子でも動かねぇからな......) 仕方なく折れる代わりに手早く済ませる事、そしてその間に小鳥遊が着替えられるようTシャツを用意しておくことにした。 それからおよそ5分後、熱いシャワーで一通り体を温めた九朗はバスタオルで体を拭くとリビングでぼーっとしていた小鳥遊に声をかける。 「小鳥遊、お前も風邪ひくからゆっくり入ってこい」 「ありがと、それじゃシャワー借りるね」 それだけ告げると小鳥遊は足早に風呂場へと向かって行った。 (......昔っから変わらねぇな、アイツ) 幼馴染である九朗は小鳥遊の事を誰よりも理解していた。 少し抱え込みがちで自分よりも他人を優先する心優しい少女だが、それゆえあまり自分の本音を口にしたがらない。 今回も九朗を心配していたが、それで自分が風邪を引いても構わないと思っていたのは容易に想像できた。 (だから目が離せねぇんだよ、気が付いたら何処かに行っちまいそうだしよ) 頭をぼりぼり搔きながら少しでも小鳥遊が元気でいられるよう画策する九朗であった。 それからおよそ20分後 「お待たせー」 だぼだぼの白いTシャツの裾を腰で結び黒のショートパンツの小鳥遊が湯気を立ち昇らせながら出てきた。 「......小鳥遊、お前それだけか?」 「うん。着替えなくてさ、九朗の借りてるよ」 小さくなってあまり着なくなったものだからと気にはしてなかったがその姿は17歳の九朗には少し刺激が強かった。 オマケに普段は動きやすいようにポニーテールにした髪を降ろしているため余計に魅惑的に感じていた。 一瞬頭をよぎった不埒な妄想を振り払い、九朗は傍に合った棚に手をのばす。 「そんじゃ、いっちょ遊びますか!」 「いいね、それじゃこの前買った対戦ゲームでもしようよ」 「負けたら飯作れよ」 「その言葉、返させてもらうよ」 そう言って手に取った九朗のコントローラーは何故かじっとりと汗ばんでいた。 結局その日は二人とも食事を挟みながら一日中遊び続け、小鳥遊はそのまま九朗の家に泊まったのであった。
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