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式の準備は驚くほどスムーズに進んだ。衣装についても、ノアは採寸を済ませると口を挟むことはなかった。セオドアが抱えた一抹の不安は、ノアについての情報が全く無いことであった。
父親である皇帝が決めた婚姻は絶対であり、ルイを傍においても良いという好条件もあるため、世継ぎが生まれるまでは特に問題もない。しかし、ノアが爵位を受ける前の情報は、調べれば調べるほど無くなっていくようにつかめなかった。
現皇帝は決して愚かではない。セオドア自身も敬意を示している。そんな皇帝がノアを選んだのは、利用価値があるからに違いない。そう考えるのは容易いが、核心となる情報が得られない。セオドアは、そのうまくいかない焦燥感に駆られていた。
「アレは今日も仕事か」
「はい」
ノアの行動を監視させている従者は、いつも通りの報告をする。ノアは皇帝直属の騎士団に所属しているらしく、頻繁に城を出入りしていた。仕事内容に触れられないのは、機密部隊であるためだ。
「全くやっかいな役職についているな」
重々しく独り言を吐くと、従者も同意するように肩をすくめた。
「顔を合わせたのも一度きり。何を考えているのかもわからない」
セオドアは机上を指でノックしながら思案する。わがままが過ぎる性格も考えものであるが、従順すぎても疑惑が生じる。妙に遠い目をしたノアの顔を思い出すたびに、胸騒ぎがするのだった。
「そういえば、アレの衣装が出来ていたな。手紙と一緒に届けてくれ」
書き出しの挨拶もほどほどに、ただ会う予定を取り付けるための手紙を書く。不愛想な真っ白な便せんと封筒。業務連絡に使う皇族の印を押して、従者にそれを渡した。
「かしこまりました」
顔を下げた従者が何とも言えぬ表情を浮かべていたことに、セオドアは気付いていなかった。
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