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セオドア=ド=ゼルジュは、ゼルジュ帝国の第2皇子である。彼は今、皇帝である父に呼び出されて不服そうに顔を歪めていた。美しい顔に常に笑みを浮かべている彼が、不機嫌になってしまったのには至極単純な理由があった。
皇子という立場上あまり会えない恋人との、およそ一か月ぶりの逢瀬が呼び出しにより延期となったからである。いつになく眉を顰めた彼の顔は、それでも高貴な美しさを損なわなかった。
「お前の婚姻が決まった」
玉座から見下ろして、皇帝は告げる。
「相手はノア=ペストリーだ。恋人と別れろとまでは言わないが、ペストリーとの間に必ず子を生せ」
一方的で横暴な物言いに、セオドアはさらに深く眉に皺を刻む。
「発言してもよろしいですか」
「構わん」
「ペストリーという名を聞いたことがありません」
「余が伯爵の位を授けた。その理由までは知る必要はない」
つまり、子を生すためだけの名だけの貴族。没落したのかもしれないし、誰かの庶子かもしれない。すでに吐き気がしそうな肩書きだった。
「私はルイとのみ婚姻を結ぶと、学園を卒業した際に報告したはずですが」
「あくまでも正妻はペストリーとする」
セオドアが恋人の名を出したところで、にべもない物言いだった。皇太子の座を譲れば自由に婚姻が結べると踏んでいたが、どうやらそうもいかないらしい。
――またルイの機嫌を損ねてしまうな。
彼のむくれた顔も可愛らしいが、どうせなら笑顔が見たかった。またしばらく会えないであろう恋人の顔を思い浮かべながら、セオドアは政略結婚を承諾したのだった。
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