69人が本棚に入れています
本棚に追加
政略結婚を言い渡されてほどなく、ついにノア=ペストリーと顔を合わせる場所が用意された。単なるお茶会が開催されるようだった。
約束の時間に会場に着くと、すでに相手と思われる男が待っていた。真っ黒な前髪を瞼にかかるくらいで切りそろえ、同じくらい真っ黒な瞳が薄い瞼から覗いていた。左目の下の小さな泣き黒子が印象的だった。
中性的ではあるが、どちらかと言えば美しい”男”である。背もセオドアより少し低いくらいで、他の妊娠可能な男性(例えばルイ)と比べると高いようだった。
驚きで足を止めてしまったセオドアに気が付いた”彼”は流れるように膝をつき、まるで忠誠を誓う騎士の様に頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。ノア=ペストリーと申します。この度は家名を頂いたばかりか、婚姻までご承諾頂き大変恐縮でございます」
その口調や、服装全てが騎士を思わせた。
「顔を上げろ」
ノアは顔を上げたものの、決してセオドアと視線は合わせなかった。皇族への礼儀はわきまえているようだ。
「家名を授けたのも、婚姻の件も全て皇帝がなさったこと。私が口を挟む隙もなかった」
八つ当たりも百も承知で嫌味をぶつける。しばらくノアの様子を窺うが、無機質な表情に変わりはなかった。
「申し訳ございません」
ただ平坦に謝罪を口にしただけだった。
「私には恋人がいる。そなたが正妻になることは決定事項だが、私が愛するのはその恋人のみだ」
彼の態度がなんとなく気に入らなかったセオドアは、思わずきついことを言ってしまう。
――さすがに、意地が悪かっただろうか。
フォローしようと口を開きかけた時、ノアが軽く瞬きをして応えた。
「問題ありません。私は責務を果たすのみです」
良い意味でも、悪い意味でも感情を持ち合わせない男。それが初めて言葉を交わした時に抱いた、ノア=ペストリーへの印象であった。
最初のコメントを投稿しよう!