愛しい

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「三上、夕飯どうしたい?」  会社を出た所で立ち止まって、先輩はオレを見て、笑顔で聞いてきた。 「陽斗さんは?」 「んー……」  少し黙ってから、先輩はオレを見上げる。 「定食屋、行く?」 「あれ、飲みには行かないですか?」 「うん。飲まなくていい。三上が良いなら」 「良いですよ」  頷くと、先輩がゆっくり歩き始めるので、オレもその隣に並んだ。 「昨日飲み過ぎましたか?」  そう聞くと、先輩は不思議そうな顔でオレを見つめる。 「何で? そこまで飲んでないよ?」 「じゃあなんで飲まないんです? オレ、昨日飲まない代わりに今日飲んでいいですよって言いましたよね」 「あー。言ってたね」 「だから今日は飲みに行くと思ってました」  笑いながら言うと、先輩は、オレをじっと見上げた。 「だってさ」 「はい?」 「だって……お前んとこ、行く、でしょ」 「――――……」  なんか。すごく可愛い顔で、オレを見てる。  ……えーと……オレんとこ行くから飲まない。  …………オレんとこ行くから。  それって。 「……あのさ、陽斗さん、それってどういう意味?」 「え?」  先輩はふっとオレを見て、オレと目が合うと。 「どういうって……」  口ごもった瞬間、かああっと赤くなっていく。 「それ、何で聞くんだよ……わかんないの?」  ぷい、とそっぽを向かれてしまう。  うわ。これ。照れてる……? 「……飲んでもいいけど。酒飲んで、酔っ払ったら、オレ今日、疲れてるから寝るけど」 「――――……」   「……いいの?」  最後の一言で、オレの方に視線を戻して、なんだか不満そうにふくらんでいる。  ……こういうの、絶対会社ではしない顔。  オレの前でだけ、するんだと思うと。  今すぐ抱き締めて、キスしたい。 「……飲みに行きたいなら行くけど?」  そんなこと、嫌そうに言われると。  ――――……。  オレは、先輩の腕を掴んで、歩き出した。 「……あのさ。どっかで買って帰りましょ?」 「――――……」 「陽斗さんに、触りながら食べたい」 「っ」  オレに腕を取られたまま急いで歩いてた先輩は、一気に真っ赤になった。 「さ、わり……って」 「え?」 「……ど、こに?」 「――――……」  もう、なんか、動揺しすぎて。  歩く速度は完全に落ちて。掴んでた腕はそっと離した。  なんか。  ……可愛すぎて、無理なんだけど。  マジで勘弁してよ。  どこにって何。  どこにって。  とにかく近くに座って、ひっついて食べたいって思っただけなんだけど。  そんな真っ赤な顔で、どこに触るとか聞かれるとか、もう。 「……どこに触ってほしいですか?」  なんだか、可愛すぎて、意地悪な質問しか何故か出てこない。  ゆっくり歩きながら、至近距離で見下ろしながら言ったら。  なんか思った以上に、すっごい赤くなったまま、ムッとして。  軽く睨まれたけど。 「――――……」  ――――……もうどうして、こんなに、可愛く見えるんだろう。  ……つか、可愛いよな。絶対。  何な訳。  さっきまで、会社では、絶対「カッコいい先輩」だったのに。  そう、思っていたら。     「……好きなとこ、触ればいいじゃん」  恥ずかしそうな表情で。ぼそ、と言ったそのセリフに。  なんかもう、完敗。  完全に、撃沈させられた気分になる……。   (2022/8/29)
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